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一言主神の愛し子  作者: 志波 連
40/43

40 開戦

 それを見送りながらおじいちゃんが一真に向かう。


「安倍一真よ。お主も頼むぞ」


「畏まりましてございます」


 一真は陰陽師の正装である束帯と水干に烏帽子と数珠を身に着けている。


「護符は明日にでも届けよう」


 おじいちゃんの言葉に頷いて、一真は出立する神々の中に入って行った。


「できたよ、みなさん召し上がれ」


 ハナの言葉にわらわらと神々が集まってくる。

 巨釜が白い泡を吹き出しながら、次々と飯が炊き上がっていた。

 ハナは茶碗を降り、どんどんおむすびを作っていく。

 山のようにあった香の物と塩昆布はあっという間に底をつき、あれほど大量に作っていた味噌汁も鍋の底が見えてきた。


「皆の衆、よろしく頼む!」


 おじいちゃんの声に勝鬨で応じた神々が、次々に戦場へと去って行った。

 あれほどいた式神たちも、いつの間に消えたのか引き出しは開け放たれ宿泊者の不在を知らしめている。

 ハナは座敷の中央に立っているおじいちゃんに近寄った。


「おじいちゃん……」


「大丈夫じゃ、心配いたすな。神は消えんよ」


「人は?」


「人は寿命がくれば終わるが……奴は強いぞ。祈ってやれ」


「うん、でも護符が渡せなかった」


「明日書いたものを託けると言うておいた。心を込めて書いてやれ。ほれ、すが坊が見本を残しておるわ。さすが気が利くのう」


 ふと見るとハナがいつも使っている書台の上に、黒々とした墨の流れも美しい半紙が広げた置いてある。

 ハナは心からの礼をすが坊に捧げた。


「さあ、今宵から数日寝る間も無いぞ。社巡りはもう良いから、お前たちは薬湯と傷薬を切らさぬようにな」


「はい!」


 ハナの後ろでウメとハク、そしてヤスとシマが力強い返事をした。

 その後ろで神妙な顔をしているのは蓬の精を筆頭に薬草になる草花の精達だ。


「みんなもよろしくね」


 ハナの言葉に薬草の精達が大きく頷いた。

 その夜から葛城の社も戦場のようだった。


 ハクとシマは休む間もなく飯を炊き、どんどんおむすびを作る。

 大きな盥に並べる端から消えていくおむすび。

 いつの間に戻るのか、神々の胃袋は底なし沼のようだ。


 中には大きな傷を負い、倒れ込むように姿を現す神もいた。

 ハナが駆け寄り板の間まで運ぶと、ウメが器用に薬草を塗りつけた晒しを当てる。

 その晒しの上から長く切り裂いた晒しを巻くのはハナの仕事だ。

 全員が白い鉢巻をしてたすき掛けで奮闘した。


 それから二日、報告のために帰ってきた熊ジイが戦況を告げる。

 熊ジイの横に立っているのは戦の神である香取神だ。

 香取神は髭の先が畳に届くくらい長く伸ばしており、その背丈は熊ジイの腰にも届かないほどだったが、その身が発する威厳は思わずひれ伏したくなるほど強かった。


「おお、香取の翁様。ご苦労でございます」


 おじいちゃんが正座して挨拶をする。


「ほんに年寄りを働かせおって! わしは腰が痛いのじゃ!」


「何を仰せられますか。私とさほども変わりますまい?」


「そうだったか? まあ良い。この姿の方が若いおなごが喜ぶのじゃ」


 ハナはそっと溜息を吐いた。

 香取神がハナに声を掛けた。


「お前はこいつの愛し子じゃな? おお! 可愛らしい顔をしておる。神力もなかなかじゃな。これは先がたのしみじゃなあ?」


 ハナが返事に困っていると、フエッと変な声で笑い出した。


「安倍の小僧から伝言じゃ。護符が消えかかっているらしいわ。新しいのを書いてやれ。あれほど強力な護符が消えるとはのう。此度はちと手強いのう」


 ハナが弾かれた様に顔を上げた。


「危険なのですか?」


「ああ、危険は危険じゃな」


「かず君は大丈夫ですか?」


「今のところは大丈夫じゃな」


「怪我は?」


「そりゃ怪我くらいはするぞ? 戦じゃからな。まあ生きておるから安心せよ」


 ハナは顔色を悪くした。


「冗談じゃよ?」


 ハナの目に涙が浮かぶ。


「あれあれ、どうしようか。困ったのう」


 熊ジイが香取神の肩を小突いた。


「揶揄い過ぎじゃ、飯を炊いてくれんようになるぞ?」


「それは一大事じゃ! すまん! ハナちゃん。冗談じゃ! 許せ!」


 ハナは頷いたが、目は笑っていなかった。

 おじいちゃんが声を出す。


「戦況は?」


「お主の言霊のお陰で、山伏たちも集うて来た。悪しき神々は静まり始めたが、此度は贄が必要かもしれん」


「贄かぁ……それはまた……」


 おじいちゃんが頭を抱えるように座り込んだ。


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