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一言主神の愛し子  作者: 志波 連
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4  日本人のごちそう

「お〜久々に固体の供物だな。狐も猪も酒ばかり備えやがってちょっと不満だったんだ。お前が来たから米がいるって思ったんだろう。さすが我が子孫! ちゃんと式神を使役しておるな」


「ソウデスネ」


「ではわしはもう一度寝るぞ」


「ハイ、オヤスミナサイ」


 ハナは理解の範疇を大幅に超えたこの事象に、現実逃避することに決めた。

 米を丁寧に研ぎ、水を注ぎ30分ほど馴染ませる。

 その間に火種を作り、薪をくべて竈全体を温めた。

 火が安定した薪を一本、隣の竈に移し新しい薪をくべる。

 鉄なべに水を張り、頭と腸をちぎったいりこを入れていく。

 ここでもゆっくり時間を置くのはハナの拘りだった。


「そろそろね」


 火がうつった薪を数本引き抜き、弱火にした竈の上に米を入れた羽釜を置く。

 竈の中でゆらゆらと揺れる炎を見ていると、幼い頃の祖母の言葉を思い出した。


「おいしいものを作りたいなら、手を抜かずに丁寧に作業することよ。最後の調味料は愛情だからね」


 ハナの頭を撫でながら、優しい声で導いてくれた祖母の手の皺が好きだった。

 祖母は遠い南の地方から葛城家に嫁いできたのだと聞いたことがある。


「おばあちゃん……会いた……」


「そこまでだ!」


 ぼんやりと郷愁に浸ってたハナの口をおじいちゃんの手が塞いだ。


「ハナ! 言葉にしてはダメだ。お前の言葉には霊力が宿る。せっかく穏やかに眠っている祖母を叩き起こしたいのか? そうしたいなら止めはしない。お前の言葉にはそれができるほどの力があるんだ」


 ハナはぶんぶんと首を横に振った。

 穏やかな顔で逝った祖母の眠りを妨げるなどとんでもない事だ。

 ハナの口を両手で塞いでいるおじいちゃんの顔を見ながら、もう一度首を横に振った。


「分かったなら良い。気をつけろ」


 手が離れていき、ハナはやっと呼吸ができた。


「申し訳ございません! まさかそのような力があろうなどと思いもせず……軽率でした」


「いや、知らなかったのは当たり前だ。まだ説明してないからな。ここだから拙いというだけで、ここから出ればそれほどでもないから気にするな。でもお前ほどの霊力持ちなら、あちらでも言ったことが実現したこともあったのではないか?」


 あったと言えばあったような、偶然願いが叶っただけと言えばそうだったような……


「どうでしょうか」


「まあ良い。それより口調が戻っている。気をつけなさい」


「ハイ オジイチャン」


 ハナはオジイという苗字の友人を呼んでいるのだと己に言いきかせた。

 コトコトと音がして、重い木の釜蓋が動き始めた。

 慌てて先ほど引き上げていた黒くなった薪を追加でくべる。

 火が一気に強くなり、釜蓋の動きが大きくなった。

 ジュワッと白い泡が吹きこぼれる。

 ハナは一気に薪を引き出し、ごく柔らかい火加減にした。

 引き出した薪は隣の竈に移し、いりこを入れた鉄鍋をかける。

 大き目に切った豆腐を浮かべ、味噌を溶いて刻みねぎを入れる。


「そろそろですよ~」


 おじいちゃんがごそごそと起き上がり、吞気にあくびをしている。

 ハナは急いで羽釜の蓋を開け、大きなしゃもじで底から手早く混ぜた。

 あらかじめ湿らせておいた木桶に白米を移し、大ぶりな茶碗に半分ほど入れた。

 茶碗を上下に動かし、中の白米を放り投げるように動かす。

 何度もそれを繰り返すと、白米はまん丸な球状になるのだ。

 手塩をつけて球になった白米をきゅっきゅと握る。

 力加減は祖母直伝だ。

 強すぎず弱すぎず。

 頬張った時、ホロッと崩れていくのが理想の固さだと教わった。


「できましたよ~」


 手がジンジンとするほどの熱いご飯で作った塩むすびほどおいしいものは無い。

 それに味噌汁が付くなど、この上ないごちそうだとハナは思った。

 濡れた布巾でおじいちゃんの手を拭いてやると、文句も言わずされるままになっている。

 

「たくさんありますからね。熱いから気を付けて」


 笑顔で頷き、塩むすびに手を伸ばす一言主神。

 その手はまるで若紅葉のようにつやつやとハリがあった。

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