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一言主神の愛し子  作者: 志波 連
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39 八咫烏の報告

 熊笹に包まれた味噌餅が、一真の前に差し出された。


「早く持ってないとあっという間に無くなりますからね。これをどうぞ」


 ハナがニコニコ笑っている。

 一真は意味もなく赤面し、俯きながらそれを受け取った。

 釜でむしたのであろうそれは、ほんのりと暖かく柔らかい手触りだった。

 葉を広げると、若葉の香りが鼻腔を擽る。

 口に含むと、甘辛い味噌の味が口いっぱいに広がった。


「おいしいです。これが熊野の名物ですか」


「ホントにおいしい! 草餅に塗ってもおいしいかもしれませんね。蓬の精に頼んでみましょう」


 この社で神々に囲まれながら暮らしてまだ1年も経っていない娘の言葉とは思えないほど、ハナはこの環境に馴染んでいた。

 一真が全てを口に放り込み、焙じたお茶で流し込んでいた時、葛城の社が大きく揺れ、竜骨がギシリと嫌な音を立てた。


 ハナはすぐに子供たちの元に駆け寄り、一か所に集めて守ろうとした。

 神々はそれが嬉しいのか、笑顔を浮かべながらハナの周りに集っている。

 熊ジイの声が響いた。


「八咫烏か」


 その声に呼応するように、裏庭に続く勝手口が音もなく開いた。

 入ってきたのは真っ黒な衣を纏った青年で、その瞳は緑の宝石のように光っている。

 おじいちゃんが立ち上がる。


「知れたか!」


 黒装束の青年が跪いて口を開いた。


「遅くなりましたが特定できました。悪しき神々は信濃国に集結しております」


「と言うことは塩道か? そこに鬼はおったか?」


「はい、鬼の長が共におりました」


「それは厄介じゃな。此度はどうしたことかのう。何やらヒノモトがおかしい方向に向かっておるようじゃ」


 おじいちゃんがその場で胡坐をかいて座り込んだ。

 幼子の姿をしている神々は、まだハナの回りから離れずにいる。


「これ! 何を遊んでおるか。聞こえたであろう? 戦支度じゃ」


 ハナの周りに集まっていた神々が、一真と同じくらいの大人の姿に変わる。

 その中心でポカンと口を明けて座り込むハナ。

 一真が手を伸ばしハナを救い出した。


「此度は吉備津にも声掛けをしよう。誰ぞ迎えに行ける者はおらぬか?」


 ハナのすぐ横に立っていた美丈夫が手を上げた。


「我が天津の名に賭けまして」


「おお! 適役じゃ。すぐに頼む」


 天津と呼ばれたその美男神が、ハナに向かってニコッと笑いかけた。


「武運を祈って下され、愛し子殿」


 ハナがおじいちゃんの顔を見ると、小さく頷いた。

 ハナは立ち上がり、胸の前で合掌しつつ幸先の祝詞を呟いた。


「これで百人力じゃ。では、参る」


 美男神の姿が消え、座敷の中にフッと白檀の香りが漂った。

 おじいちゃんが座敷にいる神々の顔を見回しながら言う。


「熊野の話では悪しき気配が海に流れておるという。悪しき神々が信濃国に集結しておるということは宇藤の分水嶺を辿って合流しておると考えて良かろう」


 熊ジイが声を出す。


「宇藤の神は逃げたか堕ちたか。どちらにせよ無事ではあるまい。この地から一番近いは滝川か? 滝川は何処ぞ!」


「ここに控えおります」


「おお! そなたがおれば話は早い。すぐに式神を遣わせてくれ」


「はい、直ちに」


 滝川と呼ばれた神は、戦支度も凛々しい女神だった。

 姿勢を低くしたまま土間に降り、口の前で指を立ててひゅっと何度か息を吹きかけた。

 すると全身緑色の稚児姿の河童が5体姿を現す。


「聞いたな? 行け」


 河童たちは深く頭を下げて消えた。


「今はどこで対峙しておるのじゃ?」


 熊ジイが聞く。


「今は相模にて相対しております」


「囮か。気付かれぬように少しずつ宇藤に動座するように。我らも発つぞ。ここは頼むぞ、鹿島と香取のじいさま方に知らせを頼む」


 おじいちゃんが大きく頷いた。


「先に腹を満たしてから行くのが良いじゃろう。ハナやむすびを絶やさず作り続けろ」


「はい!」


 ハナは飛び上がるように厨房へ向かった。


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