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一言主神の愛し子  作者: 志波 連
30/43

30 米俵

 式神たちは本当によく食べる。

 焚き上げていた飯が残り少なくなったのを見たハナは、ハクに追加で米を炊くように指示をした。

 彼らが好むのは白米だ。

 おかずはほとんど必要とせず、時々思い出したように香の物に箸を伸ばすが、焼いた魚や煮た野菜などはほとんどそのまま手も付けられていなかった。


「こやつらには白いめしと白い塩が一番の馳走じゃ」


 最上のおばちゃんがニコニコ笑いながらそう言った。

 ハナは鍋に残っている根菜の煮物を見ながら首を傾げて見せた。


「それはこちらで貰おう」


「え? 上位神様が残り物でいいの?」


「構わんよ? なにより勿体ないじゃろう? その野菜も塩も醬油も味噌もヒノモトの民の産物じゃ。一片たりとも無駄にはできぬ」


 言われていることは当然なのだが、神様の口から出てくると、なぜか物凄く有難い言葉に聞こえるのは不思議だ。


「ハナも食事を済ませなさい。終わったらこちらに来るように」


 おじいちゃんがニコニコと笑いながら言った。

 ハナは小さく頷きハクと一緒に土間上の板の間に座り、箸をとった。

 その間にも、次々と神々が到着してくる。

 さすがに上位神ともなれば座敷に上がるが、まだ白米を頬張っている式神たちは土間と裏庭に直接座っていた。


「茣蓙か何か用意しましょうか」


 ハナの言葉に元式神のウメが返事をした。


「このままの方が心地よいのです。それに狭ければ体を小さくするだけのこと。何の問題もありません」


 いろいろ理解不能な部分もあったが、ハナはわかったと返事をして黙々と箸を動かし続けた。

 笹の茶を淹れて縁側に向かうと、到着したばかりの神々がペコっと会釈をしてくれた。

 ハナも慌てて頭を下げながらお茶を配って回る。

 神々は全員2歳から3歳の子供の姿で、中には膝までの浴衣を荒縄で縛っているだけの神もいた。

 

「今日のところはここまでかの?」


 おじいちゃんが滝を背に向き直る。

 ハナはこの光景に慣れてしまったが、どう見ても幼稚園の朝礼風景だ。


「此度の悪しき神は『禍津』であった」


 おじいちゃんの声に神々が息を吞む。


「三坂が堕ちたのは他の神々を守るためだろう。禍津は二千年もの間、ずっと三坂を欲しておったからなぁ。三坂が社に残した手紙によると、大御神様の御子が奴の手によってかどわかされておるらしい」


 神々が苦々しい呻き声をあげた。


「大御神様はお気づきになっておられるが、御子を犠牲にしてでもヒノモトの平安を優先なされると決せられた。三坂は自らを犠牲にしてでも御子を守ろうと決意したのだ」


 熊ジイが掌を握りしめる。


「我でもそう考えるであろう。三坂の気持ちは痛いほど分かる」


「そうじゃな。大御神様の御子を取り戻さんとした三坂の気持ちはようわかる。されど、俺が三坂の社を出たとき八咫烏が待って居ったのだ」


 最上のおばちゃんが悲鳴のような声を出した。


「まさか? 大御神様はご存じであったのか?」


「ああ、全て見通されている。その上でのお言葉じゃ。心して聞け」


 一同がその場で頭を下げた。


『禍津の荒ぶる魂を祓い清めよ。吾子の魂はすでにわが社に戻った』


 おじいちゃんが祝詞を唱える時に使う声で大御神様からの伝言を口にした。

 勉強する前のハナなら意味が分からなかっただろうが、今ならわかる。

 人質にされていた大御神様の御子はすでに天に昇られたという事だ。

 三坂神に近しかった神が叫ぶように言う。


「ではなぜ三坂は堕ちたのか?」


 おじいちゃんがひとつ大きく頷いた。


「三坂は禍津の手にある御子の笛を取り戻すつもりのようじゃ」


 座敷がしんと静まり返った。

 おじいちゃんが力強い声で言う。


「三坂の心意気ぞあっぱれである。我らは三坂を取り戻し、悪しき神の荒ぶる魂を平らかにするために動くぞ」


「悪しき神は何処にひそんでおるのじゃ?」


「八咫烏が配下のものを遣って探っておる。近いうちに知れようぞ。それまでにまだ堕ちておらぬ者たちに声を掛け、この社へ集結させよ!」


 座敷から一瞬で神々が消えた。

 ぽつんと残っているのはおじいちゃんとハナだけだ。

 式神たちは一寸ほどの大きさに身を縮め、ヤスさんが用意してくれた小引き出しに入って行った。


「おじいちゃん、私は何をすればいいの?」


「ハナは俺と一緒にここから言霊を飛ばすという大仕事があるぞ?」


「ここから?」


「ああ、この社からじゃ。ここが良き神の拠り所となる。ハナは毎日4斗の米を焚き、塩むすびを作るのじゃ。それをそこの板場に並べ神々を迎えるのじゃ」


 一俵は400合だ。

 大きなむすびでも1合は使わないとしても、おおよそ500個のむすびだ。

 ハナは軽いめまいを覚えた。


「おいおいハナや。お前ひとりではないぞ?ハクもシマもおるではないか。それに遣いに出ていない式神たちもおる。お前は差配するだけでよい。しかし味噌汁はお前が作ってくれ。俺はハナが作った味噌汁が一番好きじゃ」


 おじいちゃんの言葉にハナはやっと笑顔を浮かべた。


「今日の儀式も毎日するんだよね?」


「ああ、そうじゃ。あれが終わったら俺が言う神社に行って祝詞をあげて来てくれ。明日から始めるぞ。ウメとヤスが同道する」


「うん、わかった。頑張るよ」


 おじいちゃんはニコニコと笑いながらハナの頭を撫でようと爪先立ちになった。


「ねえ、おじいちゃん。みんないつまで子供の格好でいるの?」


「ここではあの姿をさせておこう。あやつらの本当の姿を見たらハナが気絶するでな」


 気絶するような姿ってどんなのだろうと思ったが、ハナは聞かないことにした。

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