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一言主神の愛し子  作者: 志波 連
28/43

28 唯一神

 ハナは息をのんだ。


「続くって……」


 すが坊が悲しそうな顔をする。


「三坂の神は戦を司る役目でした。あの方が堕ちたとすると、悪しき神の力はかなりの大きさになったはずです。神は己が力が大きくなればなるほど、糧を取り込む力も増します。弱っているところに悪しき神の靄が降ればひとたまりもないでしょう」


「だから椎の木の精のような目に遭うと?」


「ええ、椎の木の精は三坂の式神でしたから、悪しき神が三坂の神を取り込もうとしたときに引っ張られたのだと思います。ここまで逃げてきたのは、一重に三坂の神の御力でしょう。あの方は最後の神力を使って我が式神を逃がしたのです。本当は心優しい清らかな神ですからね」


「清らかな神が戦を司っていたの?」


「そうですよ。荒ぶる神が戦を司ってごらんなさい。この国は1年も経たないうちに焦土と化しますよ」


 ハナは考え込んでしまった。


「では、それぞれの神は自分の特性にあった何かを司っているということなの?」


「大きく言えばそうですね。人間もそうですが、神にも得手不得手はありますから」


「おじいちゃんは?」


 少し驚いた顔ですが坊がハナを見た。


「ご存じない? これは驚いた」


 ハナは恥ずかしくなって頬を染める。

 すが坊は優しい笑顔を浮かべて続けた。


「一言主神様はあまたの神の中でも唯一神という存在です。神は大きく二つに分けることができます。言い換えれば神格の違いですね。上位神は大御神様と同じ時期に誕生した自然神で、下位神は私と同様に元は人間として生を受け、死して後神としてのお役目を賜った者たちです。上位神も下位神も『先読み』ができます。その力を使い、己が範疇に置ける天変地異を未然に防ぐように仕向けるのです。まあ、実際に動くのは人間ですからなかなかうまくはいきませんが」


 ハナは真剣な顔で聞いている。


「人間たちがヒノモトの八百万神を信じていた頃は、全てが上手く回っていました。しかし、その信心が薄れるにしたがって、その力も通じなくなっています」


 神の糧は人の信心だと言っていたなぁと思い出すハナ。


「要するに神という存在は『先読み』はできますが、直接人間に関与することはできない。逆に一言主神様は『先読み』の力はないものの、人々に言霊を使って関わることができるのです。それが唯一神と言われる所以です」


「言霊……」


「ええ、言霊です。一言主神様のお言葉には神力が宿り、人間の脳や心に直接働きかけるのです。ハナ様はその一言主神様の愛し子なので、力の違いはあれど、同じように言霊を宿すことができるのですよ」


「私に? そんな力が?」


「ええ、ある一定条件はあるようですが、そこまでは詳しく存じません」


「なるほど。だからこの座敷で自分の願いなどを口にしてはいけないのね」


「そうです。もしそれを口にすると、それが叶ってしまいます。そのことで誰がどのような目に遭おうとも必ず叶ってしまうのです」


「怖い力ね」


「そうですよ。我らは人の未来を見ることができても『良きように』と見守るしかないが、一言主神様は人の未来を変える力をお持ちなのですから」


 ハナは自分の血筋に少しだけ恐怖を覚えつつも、身の引き締まる思いがした。

 ふと土間を見るとウメが静かに座り、人型に戻ったハクから水桶を渡されている。

 耳の傷はすでに癒えて、固まった血糊も拭き取られていた。


「ねえ、ウメさん。ここは危険だそうよ。こんなことがあったのではもう嫌になったのではない? もしそうならすが坊に……」


 遠慮がちにそう口にするハナの言葉が終わらないうちにウメが言葉を発した。


「ハナ様、どうか私をこのままここに置いてください。今回は油断をしてしまいましたが、悪しき神に汚された仲間の臭いは覚えました。もうこんな下手は打ちません」


 ハナがすが坊を見ると何度も頷いている。


「そうならとても嬉しいけれど。無理はしないでね。私はウメさんに居て欲しいと思っているの。でも怖かったでしょう?」


「そうですね、怖かった……う~ん、怖かったというより悔しかったが近いでしょうか。私にはもう式神としての霊力はありませんが、これでも千年以上は式神としての経験も知識もあるのです。まあ、そういう驕りが今回の失態に繋がったにですが」


 すが坊が口を開く。


「ウメや、そう気負わずに余生を全うせよ。お前にはお前にしかできぬこともある。ハクを導いてやれ」


 ウメ狐は深く頭を垂れた。

 縁側で寛いでいる熊ジイと最上のおばちゃんの前に、おじいちゃんが現れた。

 熊ジイは元の姿には戻らず、黒髪が艶やかな天狗の姿のままだ。

 

「戻ったぞ。三坂は少々難儀なことになっておった。おお! ハナ! 無事であったか?」


「うん、おじいちゃん。急かしちゃってごめんね」


「いや、そんなことはどうでもよい。お前が無事ならそれでよいのじゃ」


 おじいちゃんがつま先立ちをしてハナの頭を撫でようとするが、当然届くはずもなく、仕方なしにハナが膝をついて頭を差し出してやった。

 何度か撫でて納得したおじいちゃんが、熊ジイに向き直る。


「あの近隣はほぼやられておる。逃がされた式神は山中に集まっておるようじゃから、お主迎えに行ってやってくれ。堕ちる前に社を捨てた者たちはここに集まるよう伝えておいた」


 熊ジイが頷いてボンッと消えた。

 最上のおばちゃんがハナに顔を向ける。


「ハナちゃん、また忙しくなるね」


「そうね、でも私は大丈夫。それに楽しいし」


 ハナはシマさんとヤスさんに、また大量の食材を頼まねばと思った。


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