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一言主神の愛し子  作者: 志波 連
27/43

27 ウメさんの危機

「ハナちゃん、怖かったねぇ。もう大丈夫だからね」


「最上のおばちゃん……」


「きっと椎の木は操られているのだろうよ。身の内に巣食う虫を退治すればすぐに収まる」


「虫?」


「ああ、人間にも巣食っている虫じゃ。癇の虫とか腹の虫とかいうじゃろう? あれは本当の虫なのじゃ。巣食った依り代が危険な目に遭うと己も消えることになるから、それを知らせることもある」


「虫の知らせ?」


「そうじゃ。ただし良く見かける足が何本もある虫とは姿が違う。真っ黒な小さい蚯蚓のようなものじゃと思えばよい」


「蚯蚓……」


 ハナは自分の中にも棲んでいることを想像して顔色を悪くした。


「蚯蚓のようなものじゃ。蚯蚓とは違うぞ?」


 無意識に自分の腹を擦るハナ。

 どぉぉぉんという音がして社が揺れた。

 数秒の沈黙が流れ、熊ジイが入ってきた。


「結構おったぞ。今すが坊が祓っておる。ウメは無事じゃ」


 ハナと最上のおばちゃんはホッと胸を撫でおろした。


「ここ最近、ずっと上位神と戯れておったお陰で、ウメの体内に神力が満ちておったのが幸いじゃった。あの力を飲み込めるほどの虫はそうそうおるまいよ」


 ハクがよれよれになっているウメ狐を体にのせて土間に入ってきた。

 ウメは荒い呼吸をしているが、正気は保っているようだ。

 駆け寄ろうとするハナの襟を掴んで止めた最上のおばちゃんが熊ジイに言った。


「椎の木は?」


 黙ったまま熊ジイが首を横に振る。


「仕方あるまい。あれの主が堕ちたのじゃ。逃げろと言われたと申しておったが遅かったのじゃな」


 熊ジイが溜息を吐きながら言う。


「おそらく三坂もわかっておったはずじゃ。最後の正気で我らに危機を知らせたのかもな」


「三坂は……残念なことじゃ。もう取り込まれたかのう」


「軍神は堕ちやすい。余程手厚く祀られんと留まるのは難しかったはずじゃ」


 二人の神は悲痛な面持ちで黙り込んだ。


「もうダメなの?」


 ハナが聞いた。


「いや、まだそうと決まったわけでは無い。お前のじいさんの帰りを待とう」


 すが坊が土間に入ってきた。

 着物は煤けて袖先は真っ黒に染まっている。

 座敷に座る二人の神を見て、すが坊が口を開いた。


「私がおりながらお手数をお掛けしました」


 熊ジイが言う。


「いや、お前がおって良かった。ウメを救うにはお前の力が必要じゃからな。それで? 虫は?」


「悪しき神の気配がしましたが、霊力はそれほど強くなく、すぐに祓えましたが身の内のかなり深くに巣食っておりました」


「椎の木も憐れじゃったな」


「いずれにしても時間の問題だったと思います。三坂のご神木も倒壊したことでしょう」


「そうか。根まで回っておらなんだら新芽が出るのじゃがどうであろうかの」


「ええ、そうであれば良いのですが。いずれにしても神主は交代させねばなりますまい」


 三人の神は神妙な顔で頷きあった。


「それはそうと、ハナ坊。祝詞は書けるようになったか?」


 ハナは小さく頷いて答えた。


「うん、すが坊先生に合格点を貰えたよ」


「そうかそうか。さすがは一言主神の愛し子じゃ。そういえば最上、あれから水分の様子はどうなのじゃ?」


「ああ、村人が交代で供物を捧げに参っておるよ。お陰で今年も豊作じゃったわ」


「それなら良かった。ハナ坊も頑張ったものな」


 ハナは嬉しそうな顔で言った。


「夢枕の効果がでたの?」


「ああ、そうじゃ。ご苦労じゃったな」


 ハナは初めて役に立てたと喜んだ。

 土間に寝かされていたウメが、ゆっくりと起き上がる。

 すが坊が近寄り、ウメ狐の頭に手を遣った。


「まだ動くな。傷が癒えておらんから、神力が漏れておる」


 よく見るとウメの耳の下がぱっくりと割れている。

 ハナは息をのんだ。


「大丈夫なの? 酷い怪我だわ」


「大丈夫ですよ。すぐに癒えます。塞がったら私が神力を注いでおきますので」


 すが坊が鷹揚に言う。

 ハナは胸を撫でおろした。


「しかし、これからは暫く続くでしょうな」


 すが坊が不吉なことを口にした。


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