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一言主神の愛し子  作者: 志波 連
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26 初めての祝詞

 朝日が昇ると、おじいちゃんはハナに握らせた飯を竹の皮に包み出掛けて行った。

 一緒に行くというハナに留守番を命じ、老婆はウメとハクに任せお前は近づくなと言う。

 頷くハナの頭を撫でて、おじいちゃんはニコッと笑った。


「では行ってくる。良い子にしていろよ?」


 歳が明ければ18歳になるというのに、ハナはまるきり子供扱いだと唇を尖らせた。

 書台の前ですが坊がニマニマと笑っている。


「ハナ様、今日は実際に祝詞を書いてみましょう。私は見ているだけにしますけど、書いた文章を口に出してはいけませんよ?」


 ハナは真剣な顔で頷いた。

 ゆっくりと墨を擦り、たっぷりと筆に含ませる。

 

「いいですか? 内容は簡単です。私が口にしても何の力もありませんが、ハナ様は違います。絶対に音読してはいけません。書いてほしい内容は『初詣は地元の氏神様に詣でよう』です」


 危うく復唱しそうになったハナは、慌てて口を押さえた。

 真っ白な半紙に最初の筆をおろす。

 書こうとしている言葉は簡単だが、それを古代語に変換してすべて漢字で書くという作業はなかなか難しい。

 ましてや『一言主神の愛し子』である己の力を込めるのだ。

 緊張するなと言う方が無理だろう。


「できました」


 ハナは恐る恐るすが坊に声を掛ける。

 ハナの正面からじっと祝詞を見詰めていたすが坊が、にっこりと笑って頷いた。


「上出来です。良くできていますよ」


 ハナはホッと息を吐いた。


「今回は短い文章でしたが、内容によってはかなりの長文になることもあります。しかし、コツは同じです。ものの本質を見極めてなるべく短い言葉で纏めるのです」


「はい」


「定形は五文字の漢字です。今回はとても上手に纏まっていますね」


「ありがとうございます」


「これは一言主神様がお帰りになったら上納いたしますので、それまでは私がお預かりしておきます」


 そう言うとすが坊は、どこから取り出したのか艶々とした黒塗りの箱にそれを収めた。

 合格点を貰ったハナがお茶を淹れようと立ち上がった時、土間に続く木戸がバンという音を立てて倒れた。


「ハナ様! 姉が! 姉が……」


 ハクが白ヘビの体のまま、うねうねと土間を這いずっている。

 顔だけ人になっているので、見慣れているハナもすが坊も絶句してしまった。


「ウメがどうしたというのです!」


 いち早く正気を取り戻したすが坊がハクに聞いた。


「姉が先ほどの老婆に飲み込まれています!」


 すが坊はドンという衝撃波を起こし、大人の姿に変わった。

 まだ状況が良く理解できていないハナは『初めて来た時と同じ姿だ』などと考えている。


「ハナ様は座敷へ! 滝の前に御動座下さい」


 言うが早いか大人のすが坊が裏庭に走り出る。

 ハクも後を追ったが、ハナは言われた通り滝の前に移動した。

 縁側からは見えないが、裏庭で何やら争っている声がする。

 障子が度々揺れるのはすが坊が放つ衝撃波の影響だろう。


『おじいちゃん……早く帰ってきて』


 ハナは口には出さず心の中で念じ続けた。

 ふと頭の中で声がする。


『どうした?』


 おじいちゃんの声だ。


『さっきのお婆さんがウメさんを食べてるって』


『椎の木が? お前はどこにいる?』


『すが坊に言われて滝の前にいる』


『よし、そのまま絶対に動くなよ? すが坊がいるのだな? ウメはもともと奴の式神だからな。すが坊が対処するなら問題あるまい。椎の木の精とは霊力が違う。心配するな』


『でも怖いよ……おじいちゃん』


『そうか。では熊ジイを向かわせよう。俺もすぐに戻るようにするから待っておれ』


 ハナは姿の見えないおじいちゃんの声に何度も頷いた。

 あれほど何度も言われているのだ。

 ここで迂闊に声を出してはダメだとハナは自分に言い聞かせた。

 バサッと音がして、縁側に熊ジイが現れた。


「ハナ坊、どこじゃ?」


「裏庭です」


「よしよし、すぐに終わらせるゆえ、お前はここを動くなよ? すぐに最上も来る」


 熊ジイがのしのしと歩きながら姿を変えていく。

 あの紅顔の美少年が大きな鼻の天狗になった。

 その後ろ姿を見送るハナの横に最上のおばちゃんが現れた。


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