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一言主神の愛し子  作者: 志波 連
20/43

20 菅原の小僧

「ウメはお前の姉じゃな?」


「はい、姉の父親は京の狐でしたが、私の父親は北の白ヘビです」


「なぜ堕ちた」


「山腹の社で村を守っておりましたが。いつの間にか忘れ去られ供物も無く、里に降りたときに見世物として売られました。それから数百年のうちにだんだんと肌が黒くなってゆき、自分ではどうすることもできずに姉を頼りました。姉は私を身内に取り込み、ここへ……」


「なぜすぐに姿を見せなんだのじゃ。そうしておればこれほど手荒いことなどせずとも良かったのに」


「出られなくなったのです。姉の口を借りて話そうとしても、なぜか喉が焼けて声になりませんでした」


「ふむ、人々の悪意を取り込み過ぎて、闇を招いたか。まあそれもお前の運命じゃが、お前を助けようとしたウメが憐れじゃ。あれはもう助かるまい」


 白い大蛇が振り返ると、ウメが体を痙攣させていた。


「姉さま……どうぞ神様、私の命と引き換えに姉をお助け下さいませ」


「無理じゃ。そもそもウメの体はもうボロボロなのじゃ。解き放つしか無かろうよ」


「そんな……」


 ハナがおずおずと声を出す。


「ウメさん死んじゃうの?」


 おじいちゃんが振り返った。


「いや、すぐに死ぬわけでは無い。式神としての天命が尽きたというだけじゃ。これからはただの狐として数年の命を全うする」


「ただの狐? 梅の花じゃなくて?」


「菅原の小僧に惚れた狐が、小僧の愛したウメの花に擬態しておっただけよ。あやつを式神としたのは菅原の小僧じゃ。あとは小僧がなんとかするだろう」


「ウメさんにはもう会えないのね……」


「なんじゃ? ハナはウメを気に入っておったのか」


「うん、物知りだし優しいし、気が利くし。それにとってもきれいな人だしね。憧れるよ」


「もう人の姿は保てんのだぞ? それでも側におきたいのか?」


「会話もできないの?」


「話すぐらいの霊力は残っておるじゃろうが……そうか、それなら」


 そこまでおじいちゃんが言った時、滝の向こうから重たそうな着物を着た壮年の男性が飛んできた。

 そう、飛んできたのだ。

 座敷の下手に畏まり、深々と頭を下げると、何やらブツブツと挨拶を始める。


「ご尊顔を拝し奉りまする。皆々様におかれましてはご健勝にあらせられ……」


 おじいちゃんが舌打ちをした。


「小僧! 挨拶などどうでもよいわ! お前……誑かしたな?」


「滅相もございません!」


「フンッ!」


 座敷から土間に下ろされた白ヘビは、ウメによく似た女性の姿に変わった。

 どうやらこの座敷では、擬態ができないようだ。

 長々と、且つクドクドと菅原の小僧と呼ばれている壮年の男性が言うには、自分の力ではどうしようもなくて、一言主神の力を借りたかったそうだ。

 書状をしたためてウメに持たせ、一言主神の元に送ったが、何の便りも無く困っていたところ、ウメの異変を感知したため、慌てて飛んできたらしい。


「噓偽りは許さぬぞ」


「決してございません」


「お前、ウメをどうするつもりじゃ?」


「こうなっては致し方もございません。山に放ち天寿を全うさせるまででございます」


「そうか。それなら二つのことに頷くなら、此度のことは水に流してやろう」


「何なりと」


「まず、狐に戻ったウメをこの地に残せ。お前の霊力を少し分け与えて話せるようにせよ」


「畏まりました」


「もう一つ、ここにおる我が愛し子に我らが言の葉を伝授せよ」


「仰せの通りに」


 立派な髭を蓄えた、とても身分が高そうなおっさんが、三人の子供の前で畏まる姿は、滑稽を通り越して異様だった。 

 ハナがビビっていると、熊ジイが口を挟んだ。


「おい、小僧。ここでは姿を変えよ。ハナ坊が怯える」


 ハッとした顔で頷き、一瞬で丁稚奉公をしている少年の姿が現れた。

 三神は大爆笑している。


「おまえ……気に入った。その謙虚さを忘れるな」


「ははっ」


 ご丁寧に葛城の家門を縫い取った腹掛けまでしているその少年は、おじいちゃんによってすが坊と命名された。


「では、すが坊。ハナを頼む。ああ、その前にウメを解放せよ」


 すが坊は畏まって頷き、土間で苦しんでいるウメの前に跪いた。


「ウメよ。今までご苦労じゃった。お前の忠義は忘れぬぞ。この地にて愛し子殿にお仕えせよ。それが我が願いじゃ」


 ウメの目から涙が一筋流れ、静かに目を閉じた。

 すが坊がブツブツと何やら呟くと、あの美しかったウメの姿が大きな狐に変わった。

 その尻尾は異様に大きく、先の方が何本にも分かれている。


「ウメよ。その尾は隠せ」


 すが坊の言葉に目を開けたウメは、犬のお座りと同じ態勢をとった。


「我が主様。主様のお言葉通りにいたします。我が命尽きるまで一言主神の愛し子にお仕え申し上げます」


 七尾の狐の横でヘビだった女性が嗚咽を漏らしながら顔を伏せていた。

 おじいちゃんが口を開く。


「白蛇の精よ。お前はどうする? 棲み処に戻るか?」


 女性が答える。


「姉の側におりとう存じます。私も愛とし子様に心よりお仕え申し上げます」


「そうか、許そう」


 女性は見た目そのままに、色白の美少女に変わった。


「お前の名はハクとしよう。ああ疲れたのう。ハナ、昼餉じゃ」


 ハナは驚きすぎて無表情になったまま、コクコク頷きながら竈の前に立った。





明日より1日1話更新となります。よろしくお願いします。

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