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一言主神の愛し子  作者: 志波 連
17/43

17 大人の事情

「ハナ坊は『土着信仰』という言葉を知っているか?」


「土着?」


「ああ、唯一神を信仰するのではなく、多くの神を信仰する人間本来が心の中に持つ信仰心じゃ。これをヒノモトでは『よおよろずの神々』と言うてなぁ。言い換えれば自然界への感謝じゃ。生かされておるという清らな心じゃな。それが失われつつあるのじゃ」


 おじいちゃんが声を出した。


「人間は神という存在を忘れ、自然を蔑ろにする。己が力で生きておると慢心するのじゃな。しかし、我ら神々は人間を忘れることはしない。常に見守りその存在を愛しく思うておるのじゃ。このヒノモトは我らが作りし国じゃ。作り出した草木も獣も人も全て等しく大切に思うておる」


 最上のおばちゃんが溜息を吐いた。


「姿も見えんし、手も貸してくれん『神』などおらんも同然と思うておるのじゃろうな。嘆かわしいことじゃ」


 ハナが言う。


「さっき、ウメさんも同じようなことを言ってたよ。困ったときだけ神頼みに来て、無理難題を押し付けてくるんだって」


「どこも同じじゃな」

 

 四人は暫し黙ったままお茶を飲んだ。

 ハナが口火を切る。


「じゃあ先ほどのところは古代語のままで」


「良きかな」


 三人の神が頷いた。

 おじいちゃんが書台に向かってすらすらと祝詞を書き上げていく。

 その横で熊ジイが言った。


「ハナ坊、今夜行くぞ。わしと最上が付き添う」


「おじいちゃんは?」


「おじいちゃんは……まあ……いろいろとな。大人の事情で留守番じゃ」


 ハナはふと『みいちゃん』の顔を思い浮かべたが、おじいちゃんの視線の先にはウメさんが立っていた。

 どうやらおじいちゃんのような放浪の神は、日本全国に大人の事情があるらしい。

 コキコキと何度か首を倒し気持ちを入れ替えたハナは、熊ジイと最上のおばちゃんに向き直った。


「明日はよろしくお願いします」


 そして翌朝。

 巫女の衣装をまとったハナは、北の二神に左右から手を繋がれて縁側に立った。


「おじいちゃん、行ってくるね」


「ああ、言葉は覚えたな? ではこれを持っていきなさい」


 おじいちゃんが差し出したのは水色とも白色とも言えない美しい勾玉だった。


「これを首にかければ、ここにいるのと同じ霊力が宿る。落ち着いてな」


 ハナは大きく頷いて見せた。

 消える瞬間ウメさんの横で、美少年姿のおじいちゃんがめちゃくちゃ美しい大人の男に変わったように見えたが、気のせいだと思うようにした。

 移動はいつも一瞬だ。


「着いたぞハナ坊。夜になるまでは時間もある。桜桃を食いに行くか? それとも我が社に来て見るか?」


「熊ジイのお社に行ってみたい」


 ニコッと笑った熊ジイがハナの手を握り、自らの社へと移動した。


「凄いね……うちとは大違いだわ」


「そりゃそうだ。熊ジイは北国一の霊力を持つからなあ」


 最上のおばちゃんがニヤニヤ笑いながら言った。

 熊ジイは頭をかきながら、照れくさそうに口を開いた。


「霊力はみな同じようなものじゃ。我の力は人間が体感できるものが多い故、信仰する者がいるというだけじゃ。人間への影響なら最上のや、水分の方が遥かに多大なのだが、どうも目に見えたり体感できないとダメなようじゃな」


 その後はゆっくりと境内を見学して回った。

 二神の姿は見えなくとも、感じる人が少なからずいるようだ。

 そのことにハナは驚いている。


「感じることはできるというより、何か異質な空気に気付くという程度じゃな。今日はハナ坊が一緒だから余計に気付くのかもしれん」


「私が?」


「ああ、お前は半分人間じゃから『人に気配』がするのじゃろうな。まあ半分人間とは言っても、霊力を持つ陰陽師の血じゃから、余計にそうなのじゃろう」


 ハナは知らないことが多すぎる自分を恥じた。

 帰ったらウメさんに喰らいついて勉強しようと改めて決意する。


「そろそろかの?」


 最上のおばちゃんが名残惜しそうに沈んでいく夕陽を見ながら言った。

 杉の木の上から見る田園風景は、ハナの心にいろいろな感情を生み出す。

 このヒノモトの原風景を残すためにも、頑張ろうと思うハナだった。


「行くぞ」


「はい」


 心の中で『言うべき言葉』を復習し、ハナは胸にぶら下げている勾玉を握りしめる。

 ぽうっと温かみを感じた瞬間、肝が据わったような気がした。

 大きな藁ぶきの母屋の前に立つ。

 座敷にはまだ燈があり、人々の今日がまだ終わっていないことがわかる。


「まだ起きてる?」


「ああ、あれは若夫婦じゃ。まずは長のところに行く。今日だけでも5人の枕辺に立つことになるでな。覚悟してくれ」


 ハナは真一文字に口を引き結んで頷いた。


「ここからは我が同行する。熊は気配が濃いでなぁ」


 最上のおばちゃんがニヤッと笑って熊ジイを見た。


「ああ、頼む。わしはここで待とう」


 ハナは最上のおばちゃんの後ろをついて歩いた。

 障子は開けなくても通れるようだ。

 さすが神! とハナが驚いていると、最上のおばちゃんが振り向いた。


「ここじゃ。我はここにおる」


「行ってきます」


 最上のおばちゃんは、その小さな体で跪き、ハナを見上げて何やら呟いている。


「加護を与えた。安心して臨め」


 ハナは初めての仕事に向かって歩を進めた。


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