第95話 朝ご飯を作って食べる
「とにかく、私は朝ご飯作るから、また借りるわよ」
「……貸してもいいけど、私の分も作って」
「嫌よ」
「……じゃあ貸さない」
「分かったわよ。レンタル代払えばいいんでしょ。こんなもんあれば足りる?」
「え? なにを言って…………取引要請ウインドウ? じゅ……10万ベルの譲渡?!」
「それだけあれば足りるでしょ」
「足りるって、買った方が安いじゃない!」
「そう? なら買い取りでいいわね。どうせ使っていないんでしょ」
「そうだけど……そうじゃなくて! こんなに貰えないわよ。私の分も作ってくれればそれで十分! っていうかそういう話だったでしょ!」
「そうなの? そのお金で美味しい物を食べた方がいいんじゃない?」
「私は、那夜が作ったご飯が食べたいの!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。作りたくないから遠回しに断っていることに気づきなさいよ」
「……ため息が長すぎ」
「あ?」
「分かってるわよ、そんなこと」
む、動じなくなったわね。
「それでもお願いしてるの」
「はぁ、分かったわよ。作ればいいんでしょ」
最後の晩餐くらい、用意してあげるか。
「やったあ!」
「バンザーイ!」
「ポチの分は無いわよ」
「えええええええええええええええええええええええええええっ?!」
「五月蠅い。黙れ」
「奈慈美ー、那夜が虐めるー」
「ひっ」
「止めなさいっ、怖がっているでしょ」
自分の常識外の生物がいきなり肩に乗ってきて頬ずりしてくれば、誰だって怖いし不気味なのよ。
まったく。
五月蠅いからポチを鷲掴みにして、次元収納に突っ込んでおきましょう。
「ちょっ! 那――」
よし、静かになったわ。
「だ、大丈夫なの?」
「あら、優しいわね。怖がっていたくせに」
「そうだけど……お父さんなんでしょ?」
「あのくらいで死ぬような父さんじゃないわ。それで? 作れって言うんだから食材くらい用意してあるんでしょうね」
「昨日の今日であるわけないじゃない」
「はぁぁぁ……」
ま、いいわ。それにこの女が用意する食材ってことはつまり……
ダメダメ、思い出さないようにしていたのに。
「あー、那夜。父さんが用意した食材のことなんだが……」
「なに出てきているのよっ」
「痛っ。だって、彼処は元々ポチの休憩所だし」
そういえばポチは召喚陣じゃなくて次元収納から出てきていたんだったわ。
どうせ父さんの分も作れとか言うつもりでしょ。
「父さんの分はこれで十分よ」
「ドッグフードじゃないかっ」
「犬なんだから当たり前でしょ。何度も言わせないで。人間の食べ物は食べさせられないわ」
「あーそうですかそうですか。じゃあ、教えてあーげないっ。ふんっ」
もう、なんだっていうのよ。
「もう邪魔だからここに入ってて!」
「あっ、ちょっ、またぁ?!」
まったく。えーと、針と糸は……あった。
「な、なにしてるの?」
「すぐ出てこられないように次元を縫い付けているのよ」
「縫い付けてる?」
「そうよ」
普通の人にはただ手をワタワタさせているようにしか見えないでしょうけど。
最後は玉留めをして……
「これでよしっと」
で、その食材だけど、なにが残っていたかしら。
「あ、ね、私昨日のが食べたい」
「嫌よ。朝からあんな重い物。軽く済ませたいの」
「えええええええええええええええええええええっ。私ちゃんと食べてないのにぃ」
「私はちゃんと食べたからいいの」
「よくないー」
「文句言うなら作らないわよ」
「なんでもいいです。文句はありません」
「はい、ジャーキー」
「えええええええええええええええええええええええええええええええっ?!」
「冗談よ。それでも囓って待っていなさい」
「那夜のは冗談に聞こえないんだって」
「なんか言った?」
「いえなにも! 囓ってまぁーす」
もう。それじゃ、作りますか。
お鍋でご飯を炊いて、フライパンで魚を焼きましょう。
で、ご飯が炊けたらお櫃……を次元収納から出して、ああ、しゃもじも出さないと。で、お櫃の中に移してっと。
魚が焼けたらお皿に移して、お鍋を洗ったらお味噌汁。具は……人参で――
「人参入れるの?」
「あら、調理済みの物しか見たことないのに、これが人参って分かるのね。エラいエラい」
「馬鹿にしないで」
「で、人参嫌いなの?」
「……」
人参を――
「あー……」
「分かったわよ。入れなければいいんでしょ」
「あははははは」
お子様ね。じゃあピーマンを――
「もしかして意地悪してる?」
「してませんっ! なんならいいのよ」
「えっと……ジャガイモ?」
「ジャガイモね。はいはい」
「やったあ!」
子供みたいにはしゃいじゃって。全く。
ジャガイモを銀杏切りにして、軽く水にさらしておく。
その間に鰹節で出汁を取る。
煮汁を濾したらジャガイモと賽の目に――
「なにしてるの、危ないわよっ!」
「え? なにって」
お豆腐を掌に載せて賽の目に切っているだけなんだけど……なにが危ないのかしら。
「いやあ! 大丈夫? 手、切れてない?」
「切れてないわよ。危ないから近づかないで」
まったく。
賽の目に切ったお豆腐を入れて、沸騰しないように気をつけて煮込む。
……お豆腐は文句言わないのね。
ジャガイモにお箸がすんなり入るようになったら火を止めて味噌を溶く。
茶碗にご飯を盛って、お味噌汁を椀に入れれば。
「できたわよ」
うん、我ながらよくできたんじゃないかしら。
「……」
お味噌汁をジロジロと見て怪訝な顔をしているわね。
「不満なら食べなくてもいいのよ」
「……血が付いてないかと思って」
「付いているわけないでしょっ! そんなこと言うなら食べなくていいわよ」
「食べるわよっ! ありがとう」
だったら文句を言わずに食べなさいよ。もぅ。
「ほら、父さんも出てきなさい。どうせ簡単に出てこられるんでしょ」
「う、うん」
悔しいけど、まだまだ父さんに勝てないわ。
「はい、父さんの分」
「那夜?!」
「ち、ちゃんと、ポチ用に、調節してあるから、大丈夫よ」
「…………」
これで静かになるでしょ。
実際、器に盛られたご飯をじっと見つめて黙り込んでしまった。
いや、想定していた〝静かになる〟のとは違うわ。
「どうかしたの?」
「ご飯と魚と味噌汁が混ざってるんだが」
「文句を言わない! 言ったでしょ。ポチ用にって。文句を言うなら捨てるわよ」
「いただきますっ!」
「あっ、こら!」
もー、〝待て〟もできないなんて。
躾がなっていないわね。
「おかわりっ!」
「…………おい」
「美味しかったわ」
この女…………血が付いているとか文句言っていた癖に。
「ねー、おかわりは?」
「無いわよ」
「えー」
まったく。
私も食べましょ。
「いただきます」
次回、1人より2人がいいさ。2人より3人がいい




