第94話 価値なんてない
女の言っていた面白い物……結局それがなんなのかまでは分からなかった。自信満々で話し始めたのに肝心なことが分からず仕舞いって……
分かったことは持ち込まれた場所くらい。技術開発局の私久とかいう男が主任となって調べているらしい。ヤツの狂人振りは有名で、実験体をよく壊すらしい。それでも主任になれるんだから、それなりに能力があるんだろう。
と、その程度。
持ち込まれた物の情報が無いのよね。
それを取り扱っているヤツの情報なんてどうでもいいのよ。
でもそうね。こいつが壊す前にさっさと救い出してあげないといけないわ。大切な遺物なんだから。
話が終わったから明日に備えて寝ようと思ったのに、いきなりあの男の話を始める始末。
無視して寝ようとすると体を揺すって寝させてくれない。やっかいな技を覚えられてしまった。
とりあえず適当に相づちを打ちながら頭の中では本を読んでやり過ごした。
そして気がつけば朝を迎えていた。結局寝ることができなかったわ。
女は無視して朝ご飯を食べて出かけましょう。
「ああっ、那夜! まだ話は終わってないわよ」
「もう朝よ。貴方も起きないと遅刻するわよ」
「今日は私も拾十もお休みよ」
休み?! だからずっと話していたってこと?! やられたわ。
「言ってなかったっけ」
「初耳よ」
「ま、まぁいいじゃない。今日くらいのんびりしましょうよ。拾十の……義妹さん?」
「しないわよ」
「なんでよー!」
「貴方、昨日自分で言ったこと忘れたの?」
「小さい頃結婚の約束をした話?」
「そんなのもう時効でしょう」
「えー?! さっきは有効だって頷いてたじゃない!」
さっきっていつのことよ。適当に頷いていただけだから同意したわけじゃないわ。内容も知らないし。
「そんなどうでもいい話じゃなくて」
「どうでもよくない!」
「技術開発局に持ち込まれた物の話よ」
「……なにそれ?」
こいつ……
「ああはいはい、あれねあれ。あはははは。思い出したから、そんな怖い顔しないでよ」
調子のいいヤツ。
「だからさっさと救出しに行かなきゃいけないのよ」
「……なにを? ああ、持ち込まれた物ね。分かってるから、その顔止めて。ね? 可愛い顔が台無しよ」
台無しにさせているのは貴方でしょ。
「それにさ、今日はお買い物に付き合ってくれる約束でしょ」
「……なんの話?」
「えー、さっき〝行こう〟って言ったら〝うん〟って言ったじゃないっ」
「言ってないわよ」
「言った! 絶対言った!」
適当に頷いていた付けってこと?
「寝ぼけてたから覚えていないわ」
「えー?! でも約束は約束よ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。私の用事が終わってからね」
「……ため息が長い」
「あ?」
「なんでもないわ、なんでも。あははははは。うん、仕方ないわね。それで許してあげる」
面倒な予定ができてしまった。
でもそうね。技術開発局のデータをハッキングしてコピーして、例の物を救出したらもうここに用は無いわ。この女との約束なんて無視して父さんと合流しましょう。
それじゃ、改めて朝ご飯を作りましょう。
「もしかして朝ご飯を作るの?」
「ええ」
「私の分は?」
「無いわよ」
「父さんの分は?」
「無いわよ」
って、しれっと要求してくるな。
「ひっ! な、なにそれ」
「人の父さんを指さして〝なにそれ〟は失礼じゃない? 大体昨日会っているでしょ」
「昨日って……そんな肩に乗るほど小さくなかったわよ」
「もー朝から五月蠅いわね。大きさなんて訓練すればどうとでもなるのよ」
「え……そうなの?」
「那夜、適当なことを言わないでおくれ」
「事実でしょ」
「事実じゃないっ!」
「どっちでもいいわ。大きさが自在に変えられることに変わりはないし、説明してもこの女は理解できないでしょ」
「ちょっと! 私のこと馬鹿にしてるでしょ」
「あら。そのくらいは分かるのね」
「分かるのねじゃなくて。それに私は奈慈美! いい加減覚えてよ」
覚える価値なんてないわよ。
どうせ明日にでも消える人なんだから。
次回、好き嫌いはなんですか




