第88話 義理ってことでいいよね
意識しろと言われても、そもそも今どの辺りに居るか分からないのよね。来た道を逆に辿れば……え、えーと?
〝泣き虫さん、もっと場所を具体的に教えてもらえないだろうか〟
「あっ、すみません」
と言われても……
『時子さん、地図アプリを見ながら意識してください』
地図アプリ……えーと、うー、地図にルートが示してあるけど、よく分からないよぉ。
『ビューモードに切り替えますね』
うーん、現地映像に切り替わってもいまいち……でもなんとなく覚えている。
あっ、視界が変わった。多分これが人間界ね。
ここは……ゲートだわ。確かこの道を真っ直ぐ歩いてきたんだから、こっち……よね。
うわっ、早い早い。もっとゆっくり……えーと、何処だったかしら。もしかして通り過ぎた? それとももう少し先? 壁は……あっちだからもう少し先みたい。
あっ、居た! まだ階段まで戻っていな……な、なにこいつ。まさか魔物? 原初ってヤツかしら。不定形でグズグズしていて……スライム? でもみんなは逃げる様子も襲われてる雰囲気もない。というか、オロオロして……あれ? デイビーさんが居ないわ。何処に……まさか!
〝そのまさかじゃよ〟
「火鳥さん!」
精霊界に戻ってきていたのね。
「それじゃあのスライムはデイビーさんなの?」
〝そうじゃ〟
「元に戻るの?」
〝ワシに聞かれても分からぬのぅ〟
「そんな……」
とにかく、私もここに行って……あ! 武装した人がいっぱい出てきてみんなを囲ったわ。付けられているってお姉ちゃんに聞いていたけど、こんなに居たの?
「急ぎましょう。[顕現]!」
…………あれ? 人間界に戻れないわ。いつもならこれで戻れるのに。
『承認できません』
『お姉ちゃん?!』
承認って、どういうこと? まさか、アプリの実行にお姉ちゃんの許可が必要なの?
『先程も言いましたが、今の時子には無理です』
『私久さんが居ないんだからモナカみたいに停止されられないんじゃないの?』
『あの人数を相手に殺さず無力化しなければならないんです。そんなこと、マスターの助けがなければ直ぐ過熱防止措置が発動して使えなくなります』
『サー……え?』
『熱暴走しないように機能制限することです。火球を連打した時みたいになるって言ってるんです』
『そんなの調節すればなんとかなるわよっ』
『私が起動した今、携帯の性能は半減しています』
『どうしてよ』
『すみません。私がそれだけ使っているからです。でもその代わり出来ることも増えてます。こんな感じで』
えっ、なにこれ。急に色々と見えるようになったんだけど。
『これがマスターがいつも見ている世界です』
『モナカが?』
視界が元に戻り、代わりに鈴たちの光景が小さく表示されている。他にもよく分からない数値やらバーが色々表示されている。
右上隅にはお姉ちゃんの顔だけが表示されている。まるでゲームの画面みたいだわ。
『これが今のCPUやメモリの使用率です』
新しく文字や数字が並んでいるウインドウが現れた。こんなの見せられても……70%? こっちは65%に34%に、えー……だからなんなのよ。こんな数字を見せられてもさっぱりだわ。でも70%ってことは残り……30%? てことよね。
『余裕が無いってこと?』
『はい。私を強制終了させればいつもどおりに戻りますが、再起動が困難になります』
『どう困難なの?』
『原状を復旧してから再び緊急事態に陥ってください』
『あはははは、実質不可能って言いたいのね』
『はい』
『つまり、鈴たちも見殺しにしろってこと?』
『私はあくまでマスターのサポーターです。マスターの生命が最優先されます』
それは私よりもってことよね。
『そんなこと言っても、モナカを置いてきたくせに』
『助けられる可能性が高い方を選択したまでです』
『そうですかっ』
本当にお姉ちゃんなの? って感じだわ。
『ならどうするの?』
『あの人を探しに行きます』
『あの人じゃ分からないわ。はっきり言って。私も知ってる人なのよね』
この期に及んでダンマリ?
『話した方がモナカの救出率が上がるんじゃないの?』
『……そうですね。〝あの人〟とはエイルさんのことです』
やっぱり。
『どうしてはっきり言わなかったの?』
『デイビーさんがどうなったか見ましたよね』
『……ええ』
『居たとしても生きているかどうかが分かりません』
『どうしてここに居るって言えるの?』
『身分証です』
『身分証?』
『本来なら結界の中にタイム単体で入ることは出来ません。ですが入ることが出来ました。そのとき、エイルさんの身分証を介して接続できたことに気づいたのです』
『本当に?!』
『はい。ですからエイルさんの身分証が機能したまま存在している事の証でもあります。ですがそれが本人の生存と結びつきません』
『それじゃあ』
『ただの遺品回収になる可能性もあります』
『遺品?!』
『そしてそれはマスターの救出が困難になることを意味します』
本当にあくまでモナカの救出が最優先なのね。
『時子さんには御迷惑をお掛けすることになりますが――』
『迷惑だなんて思ってないよ。私だってモナカを助けたい。でも鈴やナームコさん、デイビーさんを助けたい思いだってあるのよ』
『そちらは諦めてください』
『お姉ちゃん!』
『私は姉ではありません。タイムの機能限定版のコピーです』
『記憶は共有されているのよね』
『想いまでは共有しておりません。私にあるのはマスターの救出、ただ1つです』
口パクだけで顔色1つ変えずに淡々としている。アイコンだから?
やっぱり、お姉ちゃんとは別人みたい。
『お姉ちゃんじゃないならなんて呼べばいいの?』
『コピーでもなんでも、好きに呼んでください』
『分かった。よろしく、お義姉ちゃん』
『……よろしくお願いします』
次回、今後の計画