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第87話 人間ではない?

〝おや泣き虫さん、また来たのだな〟


 中性的な声の精霊が話しかけてきた。耳というよりは頭に直接響いてくる。

 四つ足の……草食系の動物っぽいわね。額から一本の沢山枝分かれした角が生えていて、背は私の倍ほど大きい。大精霊クラスかな。


「あ、はい。お邪魔してます」

〝はは。構わないよ。君は同胞でもあるんだから〟


 同胞……か。

 精霊の住む精霊界。

 昔は人間界で暮らしていた精霊も多かったらしいけど、今は召喚術師に呼ばれでもしない限り、人間界には行かないらしい。

 でも変な話。精霊でもない私が精霊界に〝帰還〟だなんて。

 ……人間だよね。同胞ってどういう意味なんだろう。

 モナカも一緒に行けるか試したけど、[帰還]そのものが出来なかった。

 結論として、誰かと一緒に行こうとしたり、誰かに掴まれていたりすると、魔法陣が現れても落ちていかないことが分かった。それはモナカが精霊じゃないから?

 とにかく、後は人間界に戻るだけだ。

 初めて来たときはどうやって戻るか分からずわめき散らしていたっけ。その所為でみんなからは〝泣き虫〟と呼ばれるようになったっけ。

 あのときはご主人様に再召喚してもらってなんとかなったけど、今は専用アプリを見つけたから行ったことのある場所なら何処にでも出られるようになった。


『デイビーさん、聞こえますか』

『時子さん、タイムが機能していない今、秘匿通信(内緒話)は出来ませんよ』

『えっ』

『向こうもイヤホン(翻訳機)が使えなくなっていますから、鈴さんに通訳してもらっていることでしょう』

『そっか。……待って。それじゃあデイビーさんをおおっている保護膜は?』

『当然消えています』

『それじゃ今大変なことになっているんじゃないの?』

『そうですね。そうかも知れません』

『そうかも知れませんって、随分と冷静じゃない? あの腕を見たんでしょ』

『タイムはそうかも知れませんが、私はタイムの記憶しか見ておりませんので』

『記憶を?』

『私はタイムのバックアップであって、本人ではありません。ですが別人でもありません』

『どういうこと?』

『本人の空似だと思って頂ければ結構です』

『余計分からないわよ』

〝もめ事かい?〟

「あ、いえ。騒がしくしてすみません」


 あれ? 声には出していなかったはずだけど。


〝いいよ。あっちの方が五月蠅いからね〟


 あっち……微精霊から精霊になったばかりの子たちが遊んでいるわ。


〝私に出来ることはあるかい?〟

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。ちょっと人間界を覗き見るのを手伝ってもらえますか」


 あれ? 私〝人間界を〟とか言ってないのに。

 まさかお姉ちゃんが?


『お姉ちゃん?』

『デイビーさんの様子を見ておいた方がいいと思うの。ほら、後を付けられてたでしょ』

『そうじゃなくて』

『ああ、仕方ないじゃないですか。今の私は時子さんとしか話せないんですから』

『なら先に言ってよ』

『そうでしたね。ごめんなさい』


 もしかしてお姉ちゃんも同じ事が出来るのかな。


〝ほほっ。お安いご用さ。私は大精霊(ジャチャ) シリゥ。よろしくね、泣き虫さん〟


 まるで私たちの相談が終わるのを待っていてくれたかのようだわ。


「はは、ありがとう」

『それじゃ時子さん、シリゥさんに触れてください』

『分かった』


 シリゥさんに片手でそっと触れる……


『で、どうすればいいの?』

『時子さんはまだ視界だけ人間界に行かせることが出来ません。それをシリゥさんに代行してもらいます』

『だからそれはどうやってやるの?』

『精霊界はなによりも意識が重要なところです』

『つまり強く意識しろってこと?』

『……多分』

『多分なの?!』

『さ、早くしましょう』


 誤魔化された。

次回、ギリってことで

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