第86話 脱出
『モナカ、モナカ!』
モナカが再び倒れそうになったから慌てて身体を支えようとしたけど、完全に脱力しているらしく、支えきれずに倒れてしまった。
一体なにが起こっているのよ。
『時子さん、落ち着いてください』
『お姉ちゃん!』
あれ? 声はするのに姿が見えないわ。何処に居るの?
『モナカはどうしたの?』
『マスターは今携帯が完全停止した関係で半身の自由と脳の統合が出来ずにいます』
やっぱり声だけが聞こえてくる。
「おや? 2号君は停止しないのです?」
『どういうこと?』
『簡単に言えば半身不随の上、思考停止状態です』
『でも、お姉ちゃんは無事なんだよね』
『私は時子さんの携帯にインストールされた、非常時に起動するプログラムです』
『非常時に?』
今までこんなことなかったよね。かなりマズいんじゃない。
「ふむ……やはりアンドロイドなのは1号君だけのようです」
『ですから出来ることが限られています。現在マスターは割込では復旧できず、リセットを必要としている状態です』
『ならリセットすればいいじゃないっ』
『リセットしても起動には時間が掛かります。それにまた停止させられれば無意味です』
起動……確かCPUをアップグレードするときにしていたヤツだ。確かにアレは時間が掛かっていたわ。
「おいそこの女、1号君を担ぐのです」
「ああ? どうして私が」
『ならどうすればいいのよ』
『マスターを置いて一旦逃げましょう』
『出来るわけないでしょ! なにをされるか分からないのよ』
「私の護衛も言われていたはずです。なにもせず僕が傷つくのを見ていたことを報告するのです」
「チッ、わあった。やりゃいいんだろ」
「賢明な判断なのです」
『このままではマスターを起こすことが出来ません。マスターを抱えながら逃げるなんて事、時子さんに出来ないでしょ』
『魔法でなんとかするわ』
『無理ですね。恐らく一回使えば携帯の弱点を突かれてマスターと同じ目に遭います。それとも反撃されないように2人を殺せますか?』
『それは……』
『ま、そうですよね。それと携帯を気付かれないようにしてください。さっきは運良く時子さんに対して掛けられたから助かっただけです。気付かれれば私も動けなくなりますから』
『わ、分かったわ』
『だから助けるための対策が必要なんです』
『対策?』
『はい。あの人なら……』
『あの人?』
『あの人を探しに一旦逃げましょう』
『探しにって、何処へ』
『都市にです』
『結界都市に?』
『違います。この都市に居ます』
『誰が居るの?』
『……居るはずなんです』
誰とは教えてくれないのね。
「2号君、今日はもう遅いのです。ゆっくり休むのです。僕は実験体の体調管理には五月蠅い方なのです」
『マスターを助けるため、今は逃げましょう。時子さんなら逃げられるでしょ』
『……そうね。その人が見つかればモナカを助けられるのね』
『分かりません。でも必ず協力してくれます』
〝必ず〟なんだ。
つまりその人って……
「さあ、付いてくるのです」
「お断りよ。[帰還]!」
「なんです?!」
私の足下に帰還の魔法陣が現れる。そして落ちるように魔法陣に吸い込まれていった。
私はアニカさんに召喚された人間。
だから精霊界に還ることが出来る……と火鳥さんが教えてくれた。
でも私にはその方法が分からなかった。
ご主人様も召喚は出来ても送還の方法は知らない。
精霊なら誰もが帰還出来る。でも本能みたいなものだから教えることも出来ない。
そんなとき、携帯のアプリで出来ないかなと探してみた。
モナカは〝あるわけないだろ〟と笑っていた。
でもそれっぽいのがあった。
試してみたら本当に帰還できてしまった。
そしてその帰還先がここ、精霊界。
次回、出来なくなったこと