第83話 名など不要
「こっちだ」
女の後を付いていく。今回は取り巻きが居ないんだな。どうやら目の前の大きな建物が目的地らしい。技術開発局って書いてあるな。ここで話し合い?
『デイビー、目的地に着いたみたいだ』
『……そうでしょうか』
『どういう意味だ?』
『話し合いをする場所に相応しいとは思えません』
『それは俺も思った。話し合いをする気が無いってことか? だとしてもこの場所を選んだのはなんでだ?』
『ふむ。船長たちの身体を調べるため……とも取れますね』
『身体を調べる? 毒素に冒されていないかって?』
『冒されていないことは相手も分かっているはずです』
『ならなにを調べるっていうんだ? 滅びの象徴のデイビーならともかく』
このくらいの嫌味は許される……よな。
『左様で御座いますね』
本当に例のこと以外は冷静だよな。
『が、僕のことは調べることすら禁忌ということなのでしょう』
う、マジレスされてしまった。
『禁忌ね。とにかく気をつけるしかないか。そっちも付けられているみたいだから気をつけろ』
『はい、存じております』
あっそ。
「っと。お前たちはポータルが使えぬのだったな。はぁぁぁぁぁ、面倒だ」
知るかよ。
これは外見からしてエレベーター? でもポータルって言ったよな。施設内をポータルで移動するのか。
女はきびすを返すと、俺と時子の真ん中を通るようにして引き返した。
「ああ、悪いな。乳繰り合ってるのを忘れていたよっはっはっは。来い」
いや絶対知っていてわざと通っただろ。
時子と手を繋ぎ直し、女の後を付いていく。
『タイム、建物の構造は分かるか』
『自動地図記録は働いてるけど、中の地図は買えないよ』
『やっぱ無理か。都市の地図だけでも買っておいてくれ』
『それが……地下だからダンジョン扱いみたいで、売ってないの』
『マジかー』
そうなると都市自体も自動地図記録していかないといけないのか。
万が一のとき、地図があれば便利だったんだけど……
しかし中々着かないな。一体どれだけ広い建物なんだ。
階段をどれだけ降りたか分からないくらいグルグルと折り返し、幾つもの隔壁? のようなドアを通り抜け、長い通路を通り抜け、漸く目的地に着いたらしい。
分岐はほぼ無かったから迷わないと思うけど、あの階段を上らないと出られないのを考えると憂鬱になる。
「この部屋だ」
女は扉を開くと、中に入るように促してきた。
お前は入らないのか?
中はとても話し合いをするような部屋ではない。ま、薄々分かっていたけどさ。
どうやらデイビーが言っていたことが現実味を帯びてきたようだ。
となると、今着た道を戻って脱出することになるのか。
問題はどうやって隔壁を通るかだな。時子1人なら関係ないけど、俺が居るからなぁ。
逆に迷惑を掛けちまいそうだ。
部屋に入ると女も部屋に入ってきた。部屋の出口を塞ぐように立っている。
こりゃ完全に嫌な予感しかしない。
『時子、いざとなったらお前1人で鈴ちゃんのところに戻れ』
『なに言ってるの。逃げるなら一緒よ』
『俺の心配はするな。なんとかする』
『私が居なかったら直ぐバッテリー切れ起こすでしょ!』
『その前に戻るから』
「貴方方が天上人です?」
俺たちが入ってきた方とは逆側の、部屋の奥の扉から1人の白衣を着た男が入ってきた。どう見ても都市の責任者というよりは研究者だ。
猫背でひょろっとした体格で、右手でメガネの縁を挟んでクイクイしながら下から覗き込むような格好で俺たちを観察している。無精ひげで頭はボサボサ。白衣の白さがアンバランスに目立つ。
「地上から来たという意味なら、そうです」
「地上……です? 認識の違いとはかくも大きいようです」
認識の違い?
「貴方は誰ですか?」
「おお! これはこれは大変失礼したのです。僕はね、この技術開発局の頭脳と言われた男、私久伊地です」
「僕は――」
「ああ、別に名乗らなくても結構です」
「名乗らなくても?」
「そうです。天上人1と2と3で十分なのです」
それでいいならお前は地底人……えーと、何人目だっけ。
「どういうことですか」
「実験体に名など不要……ということです」
「実験体だと」
「そうです。天上に住みながら、そのような綺麗な身体を保っていられる秘密、しっかりと調べさせてもらうのです」
そういうことか。
だから俺とタイムと時子なのか。
『時子、鈴ちゃんの元に戻れ』
『イヤよ。モナカを置いてなんか戻れないわ』
『いいから戻って――』
「逃げようなどと考えないことです。この部屋では許可無き者は力を使えないのです」
「力?」
「そうです。許可無き者に電力と魔力の供給はされないのです。つまり……貴方方はなんの力も使えないということです」
「そうなのか?」
電力と魔力か。そもそも魔力は俺には使えないけど、電力……ね。
次回、斬れますか




