第82話 中が認識できなければ無は尚のこと
「お前たちはなにをしているのだ?」
トラックは目的地に着いた。
荷台に座らされているというのに、こいつはとても乱暴な運転で倒れないように必死だった。
その度にタイムと時子が変な声を上げていたけれど、あまり気にしていなかった。
……きちんと気にしていれば、土下座してタイムに顔を覗き込まれるような事態にはならなかっただろう。
駐車場と思われる場所にトラックが止まった後、事が発覚した。
「着いた……みたいだな」
「そ、そう……だね」
「う、うん……大……丈夫……」
時子は相変わらずか。
「マ、マスター、着いたよ」
「そうだな」
「だから、その……もう離してくれるかな。さすがにこんな長い時間揉まれるとは思わなかったから恥ずかしいよ。あ、あははは、はは」
〝揉まれる〟?
…………あっ!
2人を後ろから抱きかかえていたけど、思いっきり2人の胸を鷲掴みにしているじゃないかっ。
だから揺れる度に変な声を出していたのか。
「ご、ごめんっ! 運転の荒さに気を取られて全然気づいていませんでしたっっっ!」
もう頭を荷台に擦りつけて土下座する他無いじゃないかっ。
「…………全然気づかなかった?」
「はいっ!」
「それはつまり、タイムの胸は認識できないくらい、なにも無かった……そう仰るんですね」
「そ、それは……と、時子の胸も認識できないくらいだったんだから、タイムの胸だって――」
「つまり、時子の胸が認識できなかったんだから、タイムの胸が認識できないのは当たり前だ……という意味でしょうか」
「い、いえっ、決してそのような意味では……」
「では、どういう意味なんでしょう。タイムはバカだから分かり易くご教授願えますか」
う……タイムのヤツ、相当怒っているぞ。
凄く淡々と、無感情に抑揚の無い声で問い詰めてきた。
顔が上げられん。
「どうされました。早くご教授してもらえませんか。ねえ、マスター?」
耳元で声が聞こえてきた。タイムが俺の顔を覗き込んでいるが、その顔を見ることができない。
「う……」
「お前たちはなにをしているのだ?」
「胸を揉みしだいていたのにしらばっくれているご主人様を問い詰めているところです」
いちいち説明するな!
「乳繰り合うのは後にしろ。さっさと降りろ」
「チッ。マスター、行きましょうか」
ほっ、助かった……のか?
「時子も行くよ」
「う、うん……大……丈夫……」
「いつまで呆けてるの!」
タイムがスパァンと時子の背中を思いっきり叩きやがった。
「きゃっ。あ……お姉ちゃん。あれ? ここ、何処?」
『ね、だから揉み放題って言ったでしょ』
『〝ね〟、じゃねぇよ!』
「何処じゃなくて。着いたから降りるよ」
「あ、うん」
俺はガバッと顔を上げると、ひとっ飛びでトラックから降りる。
半年前ならこんな動き出来なかったな。
「きゃっ」
「マスター、荷台を揺らさないで」
「あ、ごめん。大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
あ、本当に大丈夫っぽい。
「ほら」
両腕を広げて受け止める準備をする。
今度はちゃんとしないと。
名誉挽回だ。
「マスター、またどさくさに紛れて揉むつもりじゃないでしょうね」
「しないって。いい加減そのネタから離れてくれ」
「乳繰り合うのは後にしろ」
「し・ま・せ・ん! 時子、ほら」
「えっと……だ、大丈夫」
そう言ってトラックの荷台から1人で降りようとした。
その隣から1つの影がポンッと現れて、俺の胸に飛び込んできた。
「タイム?」
「なによ。時子はよくてタイムはダメなの?」
「そんなこと言ってないだろ」
「ふふっ。マスター、ギューッ」
「おいおい。揉まれるから嫌なんじゃなかったのかよ」
「しないんでしょ。だからギューッ」
ったく、鈴ちゃんみたいに甘えやがって。
と思ったらまた1つの影が覆い被さってきた。
「きゃっ」
「時子、危ないだろ」
「なによ。お姉ちゃんは軽いけど私は重いから受け止められないっていうの?」
「そんなこと言っていないだろ。それにちゃんと受け止めているから重くない」
「もー。時子は飛び降りないんじゃなかったの?」
「気が変わったの!」
女心と秋の空だっけ? コロコロコロコロよく変わる。
「いつまで乳繰り合っている。後にしろと言ったはずだ」
「してませんっ」
「だったらいつまで抱き合っておる。天上人は節操が無いな」
「ほら、タイム、時子」
「はぁーい」
「分かってる」
タイムは小さくなると右肩に座り、時子は一旦離れると左手を握ってきた。ま、いつものパターンというヤツだ。
「で、ここから何処に行くんだ?」
「はぁぁぁぁぁ、乳繰り合うなと言った矢先にそれか」
手を繋いでいることを言っているのか?
そういうんじゃないから!
なかではなくちゅうです
次回、今日からお前は千だ的なこと