第78話 正妻はどっち?
協力はするが、だからといって相手の条件を丸呑みには出来ない。
「俺と時子とタイムだけだ。鈴は置いていく」
「パパ?!」
「分かりました。ありがとうございます」
「タイム、映像はドローンで送れるんだよな」
「うん」
「俺が左耳で拾った音声はイヤホンで送れないのか?」
「えっと……出来るよ」
「よし、俺はあくまで中継するだけだ。実際の会話はデイビーがやれ。いいな」
「承知しました」
「パパ! 鈴は? 鈴は要らない子なの?」
そう来たか。予想どおりといえば予想どおり。だからといって今回ばかりは連れていくわけにはいかない。危険すぎる。
「今は要らない。後で必要になるから休んでいろ」
「パパぁ……はい。分かりました……」
「モナカ! そんな言い方しなくてもいいでしょ」
そんなことは分かっているよっ。今にも泣き出しそうな鈴ちゃんを見れば、間違えていることくらい。でもな……
『他に思いつかないんだから仕方ないだろ。問答している暇は無いんだ』
『だからって……』
『時子だって普段あんな感じだろ』
『全っ然違うわよっ、もう』
違うのか?! うーん。
ま、まぁ確かに鈴ちゃんが泣きそうになっているのは見たこと無いけどさ。
「話は付いたようだな」
「はい。お待たせ致しました。船長とその嫁2人なら宜しいですか」
「ちょっ!」
『シーッ!』
『タイム、それでいいのかよ』
『問答してる暇は無いんでしょ』
『時子まで……』
『ほら、自己紹介しなさいよ』
ったく。よーし、そっちがその気なら!
「エターナル・アトモス号、船長代理のモナカ・R・子夜だ」
「モッ」
ふっ、文句無いよなぁ。
『そんな顔していると怪しまれるぞ』
「……妻の子夜時子です」
「妻のタイム・RATSです」
「娘の――」
「鈴! 下がっていなさい」
「う……グスッ、はい」
しれっと混ざろうとするとは思わなかったぞ。
「ナームコ、なにやっているんだ。鈴をちゃんと見ていろ」
「申し訳ございませんっ」
「っはっはっはっは! 中々複雑な関係のようだな。それに同じ顔……余程この顔が気に入ったとみえる。しかし、左様な小人を妻に迎えるとはな。しかも一夫多妻制か。娘はそっちの子か。それともその小人に入るくらい股間のものも小人なのか? ふははははははは、あーっはははははは!」
なっ、なんて下品なヤツなんだ。
「マスターのは小さくないもんっ!」
お前はなにを言っているんだ。
「普通サイズでもちゃんと入るんだからっ」
だからなにを言っているんだっ!
そんなことの証明のためにわざわざ大きくなるなっ! しかもしれっと手まで繋いできた。
「なっ……ふふふふ、益々面白くなってきたな。つまり、お前が産んだのか」
「勿論――」
「私よ」
時子さん?!
「私がママでお姉ちゃんは伯母さん。そうよね、鈴」
鈴ちゃんを味方につけるつもりかっ。
「はい、そのとおりです」
ま、そうなるよな。普段からそう言っているわけだし、タイムも苦虫を噛み潰したような顔をして反論できないでいる。時子は時子で勝ち誇ったような顔をして……俺は一体どう反応すればいいんだよ。
「それが正妻と側室の争いというものか」
違いますっ。
「歴史書にあるようなことを直接見られるとは思わなかったぞ」
だから違うからなっ。
「タイムが正妻ですっ」
おいっ。
「子を生してるんだから私が正妻よ」
生してないでしょ!
「マスター!」
「モナカ!」
こっちに振るな!
演技……だよな。演技だと言ってくれ。
「船長」
「わ、分かっている。今はそういう場合じゃない」
「ん? 私は構わんぞ。お前が一言言えば済む話だからな」
敵しか居ないのかよ。
「俺は2人とも愛している。正妻とか側室とか考えたことなんてない」
「キスなら私との方が多いわ」
時子さん?!
「お風呂ならタイムとの方が多いよっ」
タイムさん?!
「モナカっ、どういうことよ」
えええええ?!
「ふっ。では床の世話はどちらの方が多いのだ?」
多いもなにもゼロ回です。
「とっ、床の……」
「世話……」
さっきまで威勢がよかったのに、途端に大人しくなっちまったな。
「はっきり言わぬと分からぬのか? くっくっくっ。セックスはどっちの方が多いのかと聞いているんだ」
「「セッ!」」
あー、固まっちまった。
当たり前だよな。そんなことは一度も……いや、最低でも1回はしたことにしないと鈴ちゃんが生まれないぞ。
「お前はどっちと多く身体を重ねたのだ? ん?」
だぁかぁらぁ、俺に振るなっ!
…………
「時子だ」
絞り出すようにそう答えるしかなかった。
「マスター?!」
「モナカ?!」
『鈴ちゃんを産んだことになっているんだから最低でも1回はしたことになるだろっ。そういう意味だ! 他意はないっ』
『そ、それは……』
『そうだけど……』
『それで納得しろ!』
「ほう。そっちの女の方が具合がいいのか。そうかそうか」
……具合ってなんだ。
「そろそろ宜しいでしょうか」
デイビー、遅いって。もっと早く助け船を出してくれ。
「ふむ。中々楽しい余興であったぞ」
お前のために余興をしていたわけじゃない。いや、余興じゃねーし!
「残りの者は帰っていいぞ。シッシッ」
なに?!
「仕方ありませんね。船長、僕たちはアトモス号でお待ちすることにします」
「おい! 交渉はお前の仕事だろ」
『はい。ですから船長は僕の目となり耳となり口となって頂ければ、それで結構です』
そういえばそういう話になっていたな。
「パパッ!」
「鈴、アトモス号でお留守番をしているんだ。出来るな」
「う、うん。鈴、お留守番出来るよ」
「そうか。良い子だ。ごめんな。パパはお仕事だから構ってやれなくて」
「ううん。お仕事だもん。仕方ないよ」
「気をつけて戻るんだぞ」
「うん。パパもお仕事頑張って」
「ああ。バイバイ」
「パパ……バイバイ」
まるで今生の別れだな。
そんなに悲しそうな顔をするな。こっちまで悲しくなってくる。
「ナームコ、鈴のことは任せたぞ」
「任されたのでございます。娘、行くぞ」
「はい」
ナームコは鈴ちゃんを黒犬君に乗せた。すると鈴ちゃんは後ろ向きに乗り直した。俺をジッと見つめるために……
暫く見送ってから機重力……だったか。そいつの方に身体を向けた。
後ろから俺を呼ぶ鈴ちゃんの叫び声が聞こえたような気がしたが、無視した。
次回、またそれなんだ