第77話 滅びの使者
「止まれ!」
お互いの顔が読み取れるくらいまで近づいたとき、相手の代表者と思われるヤツが声を掛けてきた。
とりあえず大人しく従っておこう。
『デイビー、後は任せたぞ』
『仕方ありませんね』
デイビーが一歩だけ俺たちより前に出て立ち止まった。
「貴様が代表者か」
「代表者は僕ではありません。僕は交渉人といったところです」
「どっちでも構わん。私はマジャンマカ北方守備隊室長 機重力 マーピィ警虎だ」
「これはこれはどうもご丁寧に。僕は結界都市中央省異世界部門 交渉課 課長 デイビー・ラッセル・ルーゼドスキーと申します」
課長だったんだ。それなりに偉い人ではあったのか。
「ラスティス? 聞いたこと無いな」
「つい600年ほど前に出来た都市ですので」
「ほう? それで、移民系純血種様が一体何用かね」
「移民系純血種……とはなんで御座いましょう」
「貴様、歴史を疎かにしておるな。なんと嘆かわしいことか。先達たちが尽力してくれたお陰で我々はこうして生きていられるのだぞ。理解し、感謝し、敬うべきではないか」
「確かにそのとおりだと存じます。ですが、歴史書の殆どが600年前までに失われてしまいました。残っているのは僅かな書籍と人々の記憶だけ。正しい歴史を調べようにも身動きが取れません。外に足を運べど、なんの成果も得られぬことは珍しくなく、人死にが増えるばかり。嘆かわしい限りです」
「その人々の記憶とやらにも残っておらぬというのか?」
「残っていないという表現は正しくないでしょう。そもそもそのような言葉は存在しません」
「なんだと」
「5000年前の出来事はご存じかと」
「5000年前? 魔科学大戦のことか?」
「済みません。そのことについては存じておりません。僕が申し上げているのは惑星半交換についてです」
「半交換?!」
「貴方方の星と僕たちの住むこの地球の半分が交換されたことです」
「ふっ、なにをいきなり。戯れ言はいい」
「戯れ言ではありません。現実に起こったことで御座います。ここが埋もれているのは交換の影響なのです」
「ほう?」
「貴方方の星より、地球の方が大きかったのです。そのため、星は球形になろうとした結果、こちらの地へと雪崩れ込んでいったのです。結果、貴方方の星を飲み込んでしまいました」
「それで我々が地下で暮らすことになったと?」
「左様で御座います」
「ふっ、ふふふっ、ふははははははっ。はっ! 中々に面白い戯れ言だったぞ、天上人」
「〝天上人〟……で御座いますか」
「天井の上から来たのだろう」
「ふむ。そういうことで御座いますか。確かにそのとおりです」
「その天上人様が一体このような地に何用でしょうか」
「交流を望みます」
「交流? 一体なんの為に」
「滅びを逃れるためですね」
「っはっはっはっは!」
「そんなに面白いことを言いましたでしょうか」
「面白い? ああ、実に面白い。面白いぞ天上人。言うに事欠いて滅びぬ為とはな。滅びの象徴である天上人がな」
「僕たちが滅びの象徴……とはどういうことでしょう」
「そのままの意味だ。我々はお前たちのような穢れた者が入れぬよう、結界を施していた。その結界を易々と超え、侵入してきたのだ。我々に滅びを与えるためにな。そうであろう?」
「穢れている……とはどういう意味でしょう」
「ふっ、穢れた者は己が穢れていることを理解できぬようだな」
穢れているって、毒素のことかな。デイビーも少なからず汚染されているって言っていたから、それを言っているのかな。でもその程度で滅びを与えるって、大袈裟な気もするけど。
「つまり、僕たちは受け入れられない。そう仰るのですね」
「ふむ。そうだな。そこの男と女と小人と幼子は穢れておらぬから、考えてやらぬでもないぞ」
俺と時子とタイムと鈴ちゃんか。
ん? 俺と時子とタイムは分かるが、鈴ちゃんも?
そういえばここの人たちは鈴ちゃんの同郷らしいとデイビーが言っていたな。だからか?
「ふむ。少々お待ちを」
あ、嫌な予感しかしないぞ
「船長」
「却下だ」
「……まだなにも申しておりませんが」
「なら申す前にあいつの考えを改めさせろ」
「それは無理というものでしょう」
「なら交渉は決裂だな」
「それは困りましたね。エイル様の捜索は如何されるのですか」
「デイビーと同じこの星の人間だぞ。来ていたら〝また来たか〟ということになっているはずだ」
「なるほど。その可能性もありますね」
「その可能性しか無いだろ」
「隠れ仰せている可能性はありませんか」
「仮にそうだとしても、魔素問題はどうクリアするつもりだ」
「なるほどなるほど。エイル様でもこの問題はクリアできるとは考えておられないのですね」
う……そう言われるとあいつなら解決して潜伏していそうな気になる。
それをタイムは察した? だとしてもそれを隠しておく意味が分からない。あのときそう話してくれればもっとスムーズに〝行こう〟という話になったはずだ。
「出来ないと思うぞ。なぁタイム」
「……えっ?! ごめんなさい。なに?」
聞いていなかったのかよ。そういえばあれからずっとなにか考えているような感じはしていたけど。
「なんでもない。とにかくここにエイルは居ない。それが俺たちの総意だ」
「マスター……」
「左様で御座いますか。タイム様は違うお考えだと存じたのですが……」
「タ、タイムは、マスターと同じ思いだよ」
「ふむ。主従関係だから……で御座いましょうか」
「違うよっ! タイムは……だって……うう」
「デイビー! タイムを虐めるなっ」
「ああ、すみません。そのようなつもりは御座いません。少々言いすぎたようです。反省しましょう。とはいえ……ふむ。そうなると交渉材料がありませんね」
「無いのか?」
「相手が望む物の代替品となるものがありません。僕たちは侵略者ではありませんので、相手が望む調査員を連れて出直すしかないでしょう」
「居るのか?」
「そうですね。思いつくのは目の前の方くらいなのですが……」
つまり俺たちだけと遠回しに言いたいんだな。確かにデイビーはともかくナームコもダメとなると、俺たちくらいなんだろう。でも鈴ちゃんでもいいなら居そうな気もするんだけど。
「マ、マスター」
「ん?」
「その……デイビーさんに協力してあげたらどうかなーなんて。あは、あはははは、は……」
はあ?! そこまでして中に入りたいなにかがあるっていうのかよっ。
……まさか、デイビーの言うようにタイムはエイルが中に居るって考えている? だから探しに行きたいのか? タイム、どうなんだよ。聞いているんだろ。
…………チッ。分かったよ。協力すればいいんだろ、協力すれば。
次回、どっちだと思う?




