第6話 自ら便利な道具を手放すか否か
「さすが那夜だ。まさかもう暖かい氷が作れるようになるとはな」
「まだ常温よ。高温ではないわ」
人肌にすら達していないが、氷点下は脱した。
「いやいや、これでも基礎としては十分だ。那夜は志が高いな」
「それにまだ展開と具現化が遅すぎる。実用レベルじゃないわ」
「問題ない。こんなもの、何処で役に立つと思ってるんだ」
「なっ……」
そんなものやらせないでよ。
でも温かい氷……直ぐには使い道が思いつかないわ。
「温かいのでよければ石で十分だ。氷の必要は無いし、なにより手軽だ」
「じゃあなんでこんな面倒な術式をやらせたの」
「言っただろ。修行だって。そもそもだ。氷壁が使えてることに疑問はないのか?」
言われてみればその通りだ。
長いこと魔法杖に頼っていたこの世界の人たちは、魔術が使えなくなった。とはいっても単純に技術が失われただけだから、技術が分かれば使えるはずだ。そしてそれが証明された。
でも現代人にコレができるだろうか。
私には前世の記憶があったからそこまで苦労しなかったけれど、難しいんじゃないかな。
そもそも魔法陣が描けても発動させられないんじゃないかな。可能性があるとすれば同じ魔法杖職人だろう。それでも、一つ刻むのに数時間は掛かる。それを考えると実用性に欠けるわ。
結局魔法杖に落ち着く……といったところかしら。木を擦り合わせるより、火打ち石を打つより、マッチを擦った方が早いもの。
「さ、次の段階だ。この氷壁の発動を1秒未満にしなさい」
「1秒?!」
魔力を練って魔法陣を描いて発動に必要な魔力を込めてトリガーを引く。
この行程だけで1分近く掛かっているんですけど!
「1秒だって遅いくらいなんだからな。でもまずは1秒だ」
「いずれは詠唱破棄ってこと?」
「いや、詠唱破棄も遅い」
詠唱破棄が遅いってどんな世界よ。
「そういう先の話は後だ。父さんは続きをやってくる。タマ、那夜を頼んだぞ」
「なーお」
1秒未満か。常日頃から魔法陣を描く魔力を練っていろってことかしら。そうすればその分の時間が短縮できるわ。
でもそれは些細なものよ。
殆どの時間は魔法陣を描くことに費やされるんですから。急いで描けば文字が汚い、形も歪む。綺麗に素早く描かないと……
まずは早く描くことに集中してみよう。発動できるかどうかは二の次よ。雑でもいいから素早く、でも確実に描く。
…………よし、なんとか形になっているわね。文字もかろうじて読めるかしら。発動は…………するけれど形にならないわ。
とにかく描いて描いて描きまくるのよ。
次回、お出掛けしましょう