第58話 女の身嗜み
「それじゃ那夜、こっちに来て」
なに、まだ私になにか作らせようとしているの? 流しになんか用は無いわよ。
「私は読書で忙しいの」
「また読んでるの? そんなに面白い本があったの?」
「私の知らないことが詰まった本はどれも全て素晴らしいし、面白いわ」
「そうなんだ。勤勉なのね」
「勉強なんて嫌いよ。これは勉強じゃないの。ただの知識欲よ」
「私には違いなんて……じゃなくて、いいから来て。お肌のお手入れの仕方を教えるわ」
「要らない知識よ」
「貴方の知らない知識よ。どれも素晴らしくて面白いんでしょ」
チッ、揚げ足を取られてしまった。
「仕方ないわね。乗せられてあげましょう」
「ふふっ、素直じゃないわね。負けを認めなさい」
「ハイハイ負けました」
オマケに両手も上げてあげましょう。
「これでいい?」
「……なんか違う……」
「文句を言うならその知識を引っ込めなさい」
「引っ込めないから来て」
まったく。
こんなことに時間を割いている暇なんてないのに。
魅せる相手だって居ないんだから、無意味よ。
「まずはクレンジングね」
「クレンジング……研磨剤で擦るの?」
「研磨剤じゃないわよ! まずはこれでメイク――」
「はしてないからパスね」
「メイクだけじゃなくて汚れも落とすの!」
「研磨剤で? 逆に荒れそうね」
「荒れないわよっ! いいからさっさと洗って!」
「分かったわよ。まったく……」
なんでこんなこと……本当に荒れないんでしょうね。
えーと、研磨剤研磨剤っと。
「なにしてるの?」
確か次元収納に入っていたはず……あった!
「……それはなに?」
「超微粒子液状研磨剤、所謂コンパウンドよ」
「なんかよく分からないけどそれは使わないで。こっちを使って」
「えー?!」
なにこれ。全然研磨剤って感じじゃないわね。ただの油? こんなので落ちるのかしら。
んー、ただ油を塗っているみたいな感覚だわ。これならコンパウンドで――
「だからそれは使わないで!」
チッ。
「クレンジングしたら水で流して」
これで終わりか。ただ顔を洗っただけじゃない。教えるだなんて大げさなんだから。
「そしたら今度はこの石鹸で洗って頂戴」
「また洗うの?!」
「そうよ。余分な皮脂や汚れを落とすの。朝ならクレンジングしないで、水で洗うだけでも構わないわ」
顔を研磨した上、更に洗うの?! なんて面倒くさいことを……
「洗ったら直ぐ化粧水を付けるわよ」
「だから化粧はしないって――」
「化粧水だけどお化粧じゃないの! 文句言ってないでさっさと塗る! 洗顔後直ぐじゃないとお肌カサカサになるわよ」
それが事実なら私の肌はボロボロのはずよ。
「ほら。こっちに来て座って」
鏡の置いてある小さな机の前にある椅子に座らされた。これは化粧台だったみたいね。
「まずは掌に馴染ませて、それを顔に染みこませるの。叩かないで抑えるような感じでね。1度で済ませようとしないで2度3度に分けて」
「指示が細かい」
「いいから、私が見本を見せるから同じようにやりなさいっ」
こんな事になんの意味があるのかしら。まったく。
……これで終わりなんでしょうね。
「次は……」
まだあるのね。逃げ出したい。
「これ、美容液よ」
どうせこれで終わらないんでしょ。もう反論する気も失せたわ。
「最後は」
やっと終わり!
「乳液とクリームよ」
2つもあるの?!
「肌に合わせてどっちかにするんだけど、私は乳液しか持ってないのよね。なので今日は乳液を使います。どっちにするかは自分で調べて」
面倒だからもう二度とやらないわ。そもそもその乳液とやらが肌に合わなかったらどうするつもりなのかしら。
「もし美容液も使うなら」
「使わないわよっ!」
「あっそ……まったく。ほら、どうよ」
どうよと鏡を向けられてもね。
なんか妙に肌がテカテカしてべた付いた感じがしてイヤね。
「肌が生き返ったようでしょ」
「最初から生きているわよ」
「あのね……保湿されてプルプルで気持ちいいでしょ」
「べた付いてテカテカしててイヤだわ」
「えー、なんなのよー」
「感じ方は人それぞれって事よ」
「とにかく、これから朝晩の2回やるのよ」
「ただでさえ面倒なのに2回もやらせるつもり?!」
「世の女子たちはみんなやってるの!」
「はぁ……男に生まれたかったわ」
そうすればこんな面倒なことに巻き込まれなくて済むのに。
次回、こっちは必要ないけどそっちは必要なんだ




