第56話 手料理
鍋は……小さいのがあるわね。
「ちょっと借りるわよ」
「え? いいけど。なんに使うの?」
「料理以外のなんに使うっていうのよ」
「え? 料理? 出来るの?」
「当たり前でしょ」
えーと、鍋の他には……まな板と包丁も真新しいのがあるわね。
なによ。料理道具は一通り揃っているじゃない。なんに使うなんて聞くから、料理以外の目的で持っているのかと思ったわ。
まずまな板と包丁を濡らして、次元収納から取り出した玉葱、人参、セロリ、パセリの茎、タイム……
検体が死んだ今、あの子も一緒に居なくなってしまったのよね。
「どうかしたの? 手が止まってるけど」
「なんでもないわ。残りの香草がなんだったか思い出せなかっただけよ」
最後にローリエの葉を1枚鍋に入れたら加圧して煮る。
「木の葉なんか入れるの?」
「ええ」
「うへぇ。食べられるの?」
「食べないわよ」
「ならなにを作ってるのよ」
「夕飯よ」
「はあ?」
煮ている間にお米を用意しましょう。フライパンに生米を入れて油で炒める。
「ちょっと待って!」
「なによ」
「え? え? ヒーターは1カ所しかないのよ。なのに……え?」
「フライパンなんて握って魔力を流せば勝手に熱くなるでしょ」
「ええー」
この女、料理したことないのかしら。鍋もフライパンも使った様子が殆ど無いし。
うん、鍋もいい感じで煮えてきたわ。
「ねぇ、お鍋が沸騰するの、早くない?」
「そう? 圧力が高いから遅い位なんだけど」
「圧力?」
そろそろいいかしら。
熱々の煮汁を濾しながら少しずつフライパンに注いでお米の温度が下がらないようにして……ゆっくり、ゆっくり。
注ぎ終わったら焦げないように木べらでかき混ぜて、でもかき混ぜすぎてお米を割らないように気をつけて、たまにゆっくり。芯が僅かに残る程度まで炊いて……
よし、お米がふっくらして立ってきたわ。少し味見をして……うん、美味しい!
あとは加熱を止めて、バターとチーズを加えたら余熱で溶かし、お塩で味を調えれば完成!
ものの五分で作った割にはよく出来た方ね。
お皿に盛り付けて粗挽き黒コショウをふりかけてっと。
「いい匂い。美味しそう……」
なによ。そんなこと言ってジッと見つめても貴方の分は無いわよ。
皿をテーブルに――
「わっ! お皿が飛んだ?!」
「五月蠅いわねー。皿が飛ぶのなんて当たり前でしょ」
「当たり前じゃないわよ!」
「那夜、忘れてるかも知れないが、ここは結界都市ではないぞ」
「知っているわよ」
「お前がやってるそれは魔法杖でも魔科学でもない。純粋な魔法だ」
「え?」
魔法? と意識した途端、お皿が空を飛ぶのを止めて落下した。
危うく大惨事になるところだったが、女が皿を受け止めて――
「熱っ!」
直ぐに手を離して自分の耳を摘まんだため、皿は再び落下を開始して床に……落ちる寸前で止まった。
「やれやれ。まだまだ自在には操れないのか」
父さんが魔法で受け止めてくれたらしい。皿は息を吹き返して空を飛び、テーブルに無事着陸した。
そういえばただの鍋なのに圧力鍋みたいに使えたし、煮汁を濾すときもただ注ぐだけで濾せたし、フライパンだって皿だってそうだ。
そもそも5分で出来るような料理じゃない。
これを意識的に出来るようにならないといけないんだ。今は暴発しているようなもの。悪い方向に暴発しないように気をつけないと。
「ありがとう」
「いやいや。お礼はひと口でいいぞ」
「熱々よ」
「フーフーしてほしいな」
「あのね……それにポチには塩気が強すぎるわ」
「我慢してもらおう」
こいつは……
「はぁ……大変な主人に服従しているのね」
「「「がううう」」」
首を振って否定している。服従しているわけじゃないのね。隷属じゃなくて契約ということかしら。
スプーンですくってフーフーと冷ましてあげる。父さんが熱い思いをする分には構わないけど、ポチが火傷したら可哀想だもの。
「はい」
「あーむ。んん! んまーい! ベタベタしてないし味もシッカリ付いてる。アク抜きも完璧だな。そしてこのチーズが! んー堪らん」
「はいはい。お粗末様でした」
「もうひと口!」
「キリがないからダメ。それに私の分が無くなるわ」
「ブーブー、ちゃんと2人分作ってよ!」
「父さんは今ポチなんだから我慢しなさい!」
「私の分はー?」
チッ、こっちにも図々しい女が居たか。
「あるわけないでしょ」
「えー?! お鍋貸してあげたじゃない!」
「ならフライパンに残っている分食べていいわよ」
「フライパンって……」
掻き集めればスプーン1杯分くらいにはなるでしょ。
うん、ちゃちゃっと作った割には上出来ね。
女はスプーンでフライパンをカリカリ擦って掻き集めている。そしてそれをパクリと咥えると「んー!」と言って目を見開いた。しかし次の瞬間には物憂げな顔をして「私の分……」とポツリと呟いた。
はぁー鬱陶しいわね。
「明日の朝作ってあげるわよ」
「今食べたい……」
「我が侭言うなら作ってあげないから」
「う……分かった。我慢する」
「やったあ!」
「父さんの分は無いから」
「ええええええええええええええ!!」
「五月蠅い! お隣さんに迷惑!」
「ヤダヤダ食べたい!」
「ポチ用になら作ってあげる」
「父さん用がいい!」
「なら無しよ」
「意地悪」
「あ?」
「いえ、なんでもありません」
ったく。
ポチが可愛そうじゃない。
ほら、いつもなら1袋なんてペロリと平らげるのに、今日は殆ど食べていないわ。
「どうしたのポチ。体調が悪いの?」
「「「がううん。がうっ!」」」
悪いわけじゃないみたいね。
「小さければ消費カロリーも少ないからな」
「そうなの?」
「ふつかほど絶食してたとはいえ、今なら小型犬とあまり変わらない量で問題ない」
「それは悪かったわよ」
「「「がう!」」」
「許してくれるの? ありがとう。優しいのね」
大きさ的には小型犬より遙かに小さい手乗りサイズなのに、それでも小型犬並みに食べるのね。
大きさの比率で言えば、今の方が大食漢だわ。
私が食べている間、女はずっと物欲しそうに眺めていた。食堂に食べに行けばいいのに。お腹が空いたと言っても作らないわよ。
食器と調理道具を洗い、片付けを済ます。その間もずっと私から目を離さなかった。
次回、面白いもの




