第55話 喋る犬
ふーん。廊下も部屋の中も男子寮と変わりはないのね。
でもさすが女の部屋。男の部屋は殺風景だったけど、色々あるわね。
流しの脇に小さいけれど食器棚があるし、小さな机には鏡まで置いてある。
部屋の真ん中には可愛らしいテーブルもある。テーブルクロスまで掛けてあるわ。
ベッドには双子のウサギのぬいぐるみが主人の帰りを待っている。
なんというか、言動とは裏腹に可愛い女の子しているのね。
「へぇ」
「なによ。似合わないとでも言いたいの?」
「言わないわよ」
「分かってるわよ。こんな可愛らしい部屋、私には似合ってないことくらい」
「だから言わないわよ」
「好きなんだからしょうがないでしょ!」
「しつこいわね。言ってほしいなら言うわよ」
「やっぱり思ってはいるんだ」
「貴方、もう酔っているの? 帰るわ」
「酔ってないから帰らないで! それよりお腹空いたでしょ。食堂に行きましょ」
「ああ、私は行かないわ。1人で行って」
私には携帯食があるもの。
こうやって次元収納から取り出せば、いつでも食べられるわ。
「えっ、今何処から出したの?!」
「何処って、ここよ」
「ここって……」
傍から見たら腕がなにも無いはずの空中に吸い込まれているでしょうね。
「ただの次元収納よ。見たこと無いの?」
「次元収納って、お伽話の世界じゃない!」
「現実よ」
変ね。これだけ魔科学が発達していれば、次元収納くらい簡単でしょ。
……そういえば万引きや窃盗が横行したから使用が禁止されたなんて記述が歴史書にあったような気がしなくもない。
刃物と同じね。使う人次第。でも人殺しの道具にもなるからって包丁の販売・所持が禁止されたことなんて無いわ。
やっぱり被害の規模が違うからかしら。密輸入し放題だもの。
「あんた、隠す気ないわね」
「貴方に取り繕っても無駄なんでしょ。なら気兼ねなく羽を伸ばさせてもらうわ」
「あっそ」
取り出した干し肉を噛みしめる。硬いだけだけど、噛んでいれば唾液で柔らかくなっていく。すると肉がふやけて柔らかくなっていくと同時に肉の旨味が口の中に広がっていく。沢山噛むから少しでも満足感が高い。
っと、そうだ。
「ポチ、ご飯よ」
「「「がうっ!」」」
「きゃあ!」
「五月蠅いわよ。静かにしなさい。隣に迷惑よ」
「ここはペット禁止なの! っていうか、何処から出てきたのよっ」
「ああ、私の護衛よ。介助犬なら問題ないでしょ」
「何処から出てきたのかはスルーなのね、はぁ」
何処からでもいいでしょ。細かい女ね。
「護衛……護衛は介助犬じゃないでしょ」
「なら、ペットでもないのも明白よ」
「屁理屈でしょ」
「五月蠅いわね。細かいことを気にする女は男にモテないわよ」
「別にいいわよ。はぁ……ね、それ私にも頂戴」
「これ? 止めておきなさい。人が食べても美味しいものじゃないわ」
薄味だし、人が食べたらお腹を壊す事もあるのよ。火を通した方が賢明ね。
「そっちじゃないわよっ。貴方が囓ってる方!」
「ああ、これね。はい」
次元収納から取り出し、女に放り投げてやる。
「わっとっと」
落とさなかったわね。エライエライ。
「これはビーフジャーキーかしら」
「多分そうね」
「多分?」
「父さんに貰ったものだから。本人に聞いてみたら?」
「本人?」
「いいのか? 喋っても」
「?!」
……突っ込む気にもならないわ。
「構わないわ」
「犬が喋った?!」
「だから五月蠅いわよ。隣から苦情が来ても知らないわよ」
「だ、だって犬なのよ! 犬が喋るのよ? え、なに。私がおかしいの??」
「これが私の父さん。名前はポチよ」
「那夜ーそりゃないだろー」
「なら自分で名乗りなさいよ」
「まったく。私は那夜の父さんだ。ポチというのはこのケルベロスの名前で、私の名前ではない。私のことは気軽に父さんと呼んでくれて構わないぞ」
ふっ、名乗らないのね。まったく。
「ケルベロスっていうの? 三つ首の…………犬?」
「そうよ」
「あんた犬の子だったの?」
「違うわよっ! どうしたらそうなるの」
「だって、お父さんなんでしょ?」
「父さんは犬だけど――」
「酷い!」
「――私と母さんは人間よ」
「父さんも人間だぞ!」
「そうなの? 初めて知ったわ」
「わっ、なにこれ。硬くて千切れないわ」
「那夜ー父さん泣いちゃうぞ」
「噛んでいれば柔らかくなるわよ。鬱陶しいから止めて。いいからさっさと食べなさいよ」
「ゆっくりじゃないと硬くて無理!」
「貴方に言ったんじゃないわ! 唾液でふやかしなさい」
「…………父さんもジャーキーがいい」
「身体はポチのなんでしょ。人間の食べ物なんて食べさせられないわ」
「だってこれ、マズいんだもの」
「なら出て行きなさいよ。ポチはいつも美味しそうに食べてるわ」
「うー……」
女は悪戦苦闘しているみたいね。
次回、レッツクッキング