第52話 もう言わない
寮母室で静かに本を読んでいる。
言われたとおりちゃんと電子書籍を手に持って読んでいる。紙の本のようにページをめくって読んでいる。
うーん、効率が悪いわ。速読には向いていないわね。
いっそのこと白紙の本でも手に持って読んでいる格好だけして、実際には頭の中で読もうかしら。
「ただいま」
「五十三君、お帰りなさい。那夜さんが待ってますよ」
「ちゃんと帰ってきてたんだ」
「だからちゃんと帰ってるって言ったでしょ。位置情報で丸分かりなんだから」
そういえばそうだったわね。今日の足取りも見られていたのかしら。
「あっ、後登海さん、中に入ったらダメですよ」
「えー、玄関ぐらいいいじゃないですか」
「いけません。ペナルティを与えますよ」
「う……分かりました。ごめんなさい」
ふーん。結構徹底しているのね。
でも即ペナルティを与えない辺り、ちょっと緩いんじゃないかしら。
「お帰りなさい」
「ただいま。良い子にしてたかい?」
「ええ。大人しくずっと本を読んでいたわ」
「お兄さん、着替えとバスタオルを持ってきて。那夜、お風呂に入りたい!」
「ああ、分かった。ちょっと待ってな。直ぐ持ってくるから」
「あっ、お風呂は女子寮で私と一緒に入るからね」
「後登海さん! 玄関から出てくださいっ」
「はぁーい」
あの女と一緒に?!
「おいおい。それじゃあ一緒に風呂に入れないじゃないか」
「父さん、シーッ!」
まったく。
幸い誰にも聞こえていなかったみたい。よかった。
って、よくないわよ。
「一緒に入るわけないでしょ」
「ええええええええええ?! うう、父さんは悲しいぞ」
「さっさと子離れしなさい」
「数十年振りの再会なんだぞ。娘の成長をじっくり見たいじゃないか」
「ほったらかしにして家を出て行ったのは誰だったかしら」
「母さん、娘が意地悪を言うんだ」
「言っていませんっ」
「那夜さん?」
「は、はい!」
「……話し声が聞こえたような気がしたんですが、電話でもしてましたか?」
「していませんっ」
「そう? 気のせいかしら」
まったく。
もしかしてポチは護衛じゃなくて娘をストーキングするために付けたのかしら。
「寮母さん、今日は女子寮の方に泊まることになりました。お風呂もそちらを使わせてもらうことにします」
「後登海さんのところね。分かったわ。向こうの寮母には私から連絡しておきます」
「ありがとうございます」
それじゃ、外に出て男を待つとしますか。
寮母室を出て玄関から外に……なんか寮母さんにジッと見られているような。
「なにか?」
「いえ。お兄ちゃんっ子なのかなって思いまして」
止めてよ。気持ち悪い。
「どうしてですか?」
「五十三さんにだけ甘えていると思ったので」
「ああ。あれは兄の趣味です」
ということにしておこう。
「寮のみんなには内緒にしてください」
「そ、そうですか。あの……お嫌でしたら私から一言言いましょうか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、お構いなく」
「そお? ならいいんだけど……はぁ」
どうしてそんな哀れむような顔を向けてくるのかしら。
確かに半ば強制させられているようなものではあるけれど、やらざるを得ないだけよ。
「あんたって人は……」
「なに?」
「なんでもない。拾十が可哀想」
どうしてあの男が可哀想になるのよ。
こんなことをやらされている私の方が可哀想じゃない。
「お待たせ」
「ありがとう、お兄さん」
「わっ、バカ拾十! 袋に入れてきなさいよっ」
「えっ、隣なんだから別にいいだろ」
「下着だってあるのよ」
もー、細かい女ね。
「構わないわよ。見られて減るもんじゃないし、イヤなら自分で取りにいっていたわ」
嫌っていないアピールは必要でしょ。
下着を触られるのは百歩譲って我慢しているんだから、ケチを付けないでほしいわ。
「それに妹の下着で興奮する変態じゃないでしょ」
「あのね。拾十とあんたは――」
「当たり前だ! 妹の下着で興奮するわけないだろっ」
だったら無駄に早口で大きな声を出さない事ね。どもらなかっただけ偉いと褒めてあげるわ。でも、顔を赤くしているのは減点対象よ。
「拾十は拾十で妹って受け入れてどうするのよ」
「だって俺は那夜ちゃんのお兄さんだから。そうだよな?」
「うんっ」
書類上はね。
「拾十がそれでいいならもう言わないわ」
「ああ。いいんだ」
なら、私も精々妹を演じさせてもらいましょう。
「お兄さん、おやすみなさい」
「おやすみ。また明日な。奈慈美も、おやすみ」
「おやすみ。那夜、行くわよ」
「ええ」
次回、敏感肌




