表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/193

第50話 そんなことしないよね

閲覧注意

人によっては気分が悪くなるかも知れません


 下水の処理は基本的になにも変わっていないようね。

 大雑把にいえば沈殿処理して汚れをバクテリアに処理させて再び沈殿処理、高度処理して消毒して飲み水などとして再利用だ。

 そしてその過程で残った汚泥だけど……ま、後にしましょう。


 次はゴミ処理場ね。

 まずは仕分け。生ゴミ、紙ゴミ、木材に加えてビニールやペット、プラスチックのような石油製品も一緒にするのか。

 その他の瓦礫や金属類だけ他の施設へ運ぶのね。

 で、まずは全て一緒くたにして細かく粉砕して分解。

 液状になったものをあの泥土と混ぜる。

 よく攪拌したものを製造機の材料投入口に入れる。

 ……ちょっと気持ち悪くなってきたわ。

 そしてあの製造機の中で処理され、食品となって出てくる……と。


 論文のとおりね。


 動植物がやっていることを機械が肩代わりする。

 つまり動植物が栄養を取り、その身体を育て、或いは実を作る行為を機械が肩代わりする。

 肥料が植物をとおして実にする行為を機械が肩代わりする。

 餌が動物をとおして肉になる行為を機械が肩代わりする。

 なにもおかしな事じゃない。なにも変なとこはない。


 論文のとおり。


 果実を構成する分子構造を機械で再現すればいい。

 肉を構成する分子構造を機械で再現すればいい。

 木材を、樹液を、肉を、乳を、革を、有りと有らゆる有機物を再現すればいい。

 つまり、排泄物を加工して食物に変換すれば食うに困ることはないということ。

 その加工が植物か動物か機械かの差だけ。結果は変わらない。

 むしろ育てる手間が掛からない分、機械の方が生産性も品質面も衛生面も断然いい。

 食べられるようになるまで何ヶ月も待つ必要が無い、天候に左右されない、健康に左右されない生産。

 もしかしてここの肉なら完全菜食主義者でも食べられるんじゃないかしら。動物から搾取しているわけじゃないんだから……なんてね。彼らならそれでも食べないでしょうけど。


 ここに住んでいる人たちはこのことを知って……いるんでしょうね。

 守衛さんは興味なさそうにしているし。それとも私から目が離せないだけ?

 これが当たり前なんでしょう。だからこんなところでも昨日のような食事が可能なのね。

 実際、さっきまでドロドロの液状だったよく分からないものがこうしてお米やお肉や野菜に変わっていくのを見なければ、信じられなかった。

 あの論文を現実のものに出来たからこそ、いまだにこれだけの都市が成り立っているのでしょう。

 頭では理解していても、心がまだ追い付かないわ。産まれたときからそうなら当たり前だと受け入れられるんでしょうけど。

 でも、究極的には石からお米が作れるようになる。文字どおりにね。

 錬金術……と一言で済ませられる現象だけど。


「大丈夫ですか」


 守衛さんが初めて声を掛けてきた。

 ちょっと立ちくらみを起こして倒れそうになってしまったのよね。


「ええ、ありがとう。大丈夫よ」


 手すりに掴まり、なんとか立っていられるけれど、このままここにいると精神が削れそうだ。

 だって今粉砕機に投入されていったのは…………

 土葬とか火葬とか鳥葬とか色々あるけれど、今のは見たくなかったわ。

 吐かなかっただけ偉いと褒めてほしい。

 考えてみれば有機物の塊。一欠片も無駄に出来ない有限資源の1つに過ぎないという事実よ。


 フラフラになりながらもなんとか外に出ることが出来た。

 途中で守衛さんの肩を借り、今は守衛室で休ませてもらっている。

 お茶を頂いたけど、ちょっと飲む気にはなれない。

 だってこのお茶の原材料も……そういうことなのよ。

 頭では理解しているのよ。頭では!

 代わりに白湯を貰い、一息()いた。するとお腹がグゥと鳴った。こんな状態でもお腹は空くのよねー。イヤになる。生きるってキツいわ。

 そんな音を聞かれたのか、守衛さんが茶菓子を用意してくれた。これの原材料って…………はぁ。

 ありがたいけれど、丁重にお断りをした。

 ある意味毒素よりも厄介なモノを見てしまったわ。

 知らぬが仏とはいうけれど、仏も知らぬ方が幸せよね。それとも仏様なら人々のためと言って自ら飛び込むのかしら。

 粉砕機にボトボトと何体も落ちていく様が脳裏に浮かんできた。

 外から見たらなんて酷いことをするんだろうと思ってしまうけど、私はもっと酷いことをこれからしようとしている。

 そんな人間がここの人たちを非難なんてできるはずもない。


 そして私は1つの考えに辿り着いてしまった。

 まさかあの監視員は……そんなこと……ない……よね。

 心臓が締め付けられる。

 ボトボトと落ちていった幾つもの顔が、覚えてもいない監視員の顔に思えてしまう。

 ちょっとした悪戯よ。

 いくらなんでもそんなことしない……よね。

 記録上は存在しなくても、記憶上は存在しているんだから……さ。

 は、ははは、無い無い無い無い。絶対無い。大丈夫。データを戻せばいいんだから……私なら簡単に……どうやって? バックアップも履歴も私の記憶上にも無いのに。

 私がキーボードを前にしてなにもできなかったのは、生まれて初めてだった。

 ………………

 …………

 ……


 なんとか落ち着きを取り戻し、守衛さんにお礼を言ってここを離れた。

 ちょっとした広場のベンチに座り、行き交う人を眺める。

 明日にはこの人たちが食べられる側になっているかも知れない。そんなことを思いながら携帯食を次元収納から取り出し、食べた。

 鳩が寄ってきそうなものだが、鳥が居ない。

 空を自由に飛べなくなった鳥たちは、初期の食糧難の時期に狩り尽くされたという。

 絶滅するのにさほど時間は掛からなかったらしい。

 小腹も落ち着き、気分も回復してきた私は次の目的地、発電所へと向かった。

次回、微生物以下

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ