第48話 慌ただしい朝
ちょっと寝不足の朝。
調子にノって読み過ぎたわ。反省はしている。でもとても有意義だったわ。
5千年以前のこともかなり分かったのが嬉しい。
あと、ここの名称が変わっていた。5千年も経っていれば当たり前か。
その5千年の間に獲得した技術というのも興味深い。
今日は実際に行って確認してみましょう。
「那夜! なんで先に帰っちゃったのよ!」
男子寮を出ると、女が待ち構えていた。
「言ったでしょ。酔っ払いの介護はしないって」
「酔ってなかったわよ!」
あれで酔っていないと言える神経が凄いわ。
「十分酔っていました。だから先に帰ったの。お会計はちゃんとしたんだから、約束は守ってたでしょ」
「そうだけど……なら残りも払ってよぉ」
「あの後まだ飲んだの?!」
予想はしていたけど、呆れるわ。
「払ったのは俺だろ」
しかも男に払わせていたの?!
災難だったわね。でも私は払わないわよ。
「そうだけどぉ」
「ほら、遅刻するぞ。さっさと行こう」
「ふぁーい」
ふーん。あれだけ飲んでも二日酔いの様子は見られないわね。アルコール分解能力が高いのかしら。
私は低かったから飲まなくなったのよね。元々好きじゃなかったし。付き合いで飲まされていただけだしね。その付き合いも早々に無くなったけど。
こっちの身体はどうか分からないけど、今はあっちの身体になっている――でいいのよね――んだから、下戸なのは変わらないでしょう。
「お兄さん、那夜は行くところがあるから、お仕事には付いていけません」
「図書館で続きを読むのかい?」
「続きならもう読みました」
「「えっ?!」」
? なにを驚いているのかしら。私が昨日電子書籍閲覧プランを契約したのは知っているわよね。ならもうわざわざ図書館に行く理由なんて無いのを知っているはず。
まさか私が紙の本フェチだと思っているのかしら。確かに紙の本の方が読んでいるって気にはなるけど、利便性は圧倒的に電子書籍よ。
「図書館に行かずにどうやって読んだんだい?」
「昨日月極会員契約したので電子書籍で読めるんですよ」
「そうだったんだ。俺、図書館使わないから知らなかったよ」
「……ちょっと。あんたそれ、外で言うんじゃないわよ」
また女が耳元でなにやら騒ぎ始めた。なんだっていうのよ。
「電子書籍で自由に読めるのは購入した本だけなのよ。図書館の本はたとえ電子書籍でも図書館じゃないと読めないの。貸し出しはしてないの」
そんな縛りがあるの?!
確かに読もうとしたら閲覧拒否されたわね。クラッキングしたら許可が下りたけど。
「はぁー、あんたがボーッとしてたのはそういう理由だったのね。これからは気をつけなさい。あと、読むならちゃんと手に持って読むこと。分かった?」
「……分かったわ」
誰かと話をすることもないでしょうけど。精々この2人と寮母さんくらいだもの。どうとでもなるわ。
「あと、お肌の手入れもしてないでしょ!」
ああ、そんなものもあったわね。猫に小判だわ。
「今夜教えてあげるから、今日こそ泊まりなさいよ」
「考えておくわ」
「またやらかす前に常識も教えてあげるから」
「……仕方ないわね。寮母室に居るから、迎えに来なさい」
「えー?! 今日もお夕飯奢ってよぉ」
「飲むならお泊まりは無しよ」
「うー、分かったわよぉ。お酒…………」
お酒が好きなのね。相容れないわ。
「あ、そうだ。那夜ちゃん、検問所にいた監視員って覚えてる?」
監視員? ああ、私を蹴飛ばしたヤツね。
「うんっ」
「昨日検問所に居なかったんだよね」
「お休みだったの?」
「それが、あの人が休むのはいつも決まった日なんだけど、昨日は違う日なのに休みだったんだよ」
「あー、拾十がなにか聞いてたね。なんだったの?」
「いや、なんか言葉を濁されて答えてくれなかったんだけど、暫く休みになるんじゃないかって言ってた」
「へー。病気にでもなったのかな」
「んー、そんな雰囲気でも無かったぞ」
っはは。そんなことになってたんだ。
ま、昨日仕返しに彼のデータを抹消しておいたからね。
つまり記録上は存在しない人間ってことよ。だからもう表には出てこられないんじゃないかしら。
記憶にだけ存在している記録上存在しない人間……私と真逆ね。
「那夜ちゃんには関係なかったかな」
「そんなことないよ」
十分面白い話だったわ。
「……本当に1人で大丈夫?」
「平気だよ」
「……分かった」
あら? 昨日みたいにごねるかと思ったのに、意外とあっさり引き下がったわね。
「夕方には戻るから、先に寮母室に戻ってるんだよ」
「うんっ」
「それじゃ行こうか。本格的にヤバいぞ」
「ヤダホント?! もーなんで勤務時間自由にしてくれないんだろう」
「いいから行くぞ!」
「ちょっと待って。あのさ」
「なによ!」
また耳打ち? しつこい女ね。
「声色だけでなく表情も変えなさい。釣り合ってなくて気持ち悪いのよ」
くっ、五月蠅いわね。そんな器用にできるかっ。
一応努力はしてみましょう。とりあえずニコッと笑って「行ってらっしゃい」と送り出した。
あの失礼な女はまた吹き出していたけど。
それじゃ私も出掛けますか。
次回、杞憂とは言い切れない




