第47話 涙の訳
お店を出て寄り道をせず男子寮まで戻ってきた。あの男のところに戻るわけだけど……さて、どうしたものか。寮母さんになんとかしてもらいましょう。
「あら? 那夜さんは後登海さんのところにお泊まりになると聞きましたが」
「すみません。予定が変わりました」
酔っ払いの介護なんてごめんよ。
「そうなんですね。五十三さんをお呼びします。少々お待ちください」
「なら着替えとバスタオルを持ってくるように言ってほしいの。お風呂、入ってもいいかしら」
「私が入った残り湯で宜しければ」
「構わないわ」
「ではどうぞ、お入りください」
「ありがとう」
寮母さんの許可が出たので寮母室のお風呂を使わせてもらう。
下着は買ってあるから気にせず洗濯に出せるわ。
ポイポイッと洗濯籠に放り込み、お風呂場に入る。
まずはシャワーを浴びて頭と身体を洗いましょう。
「がうっ!」
ああ、ポチも居たわね。
今日は1日大人しく首の裏に隠れていたのよね。
……あー、ご飯をあげていなかったわ。
部屋に戻ったらあげないと。
とりあえず身体を洗ってあげましょう。
「あー、耳の裏が痒いんだ」
「ん、ここ?」
……ちょっと待って。
「父さん! ことある毎に娘の裸を覗きに来ないで!」
「ぎゃあああああ! 目が! 目がぁぁぁ! シャンプーは反則だろ。は、早く洗い……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「五月蠅い! のたうち回るな! また寮母さんに怒られるでしょ! 静かに騒ぎなさい」
「うう。母さん、どうして那夜はこんな娘に育ってしまったんだろう」
あら、素直ね。ちゃんと囁き声になってるわ。言い出した私も囁きましょう。
「父さんに育てられた覚えはないわ。母さんの所為にするつもり?」
「そんなことしないよ?!」
「じゃあ、貴方が家に居なかったからでしょ」
「う……それを言われるとなにも言えないな。うぐぐぐ、父さんを恨んでるのか?」
「まさか。そもそも父さんにそこまで執着していないわ」
「那夜ー、父さん泣いちゃうぞ。ぐすっ」
そこで声を大きくするな!
シーッと言うと、前足で器用に口を塞いだ。
「その何万倍も母さんを泣かせた癖に」
「……やっぱり恨んでるんだな」
「恨んでないわよ! しつこいわね。でも母さんをほったらかしにしたことは母さんが許しても私は許さないから」
「許してもらうつもりなんて無い。うっ、父さんは2人に甘えていたからな。でもそれももうすぐ終わりだ。ここを浄化して星を元に戻せば母さんのところに帰れる」
母さんはもういい年だ。早くしてもらわないと私はまた約束を守れなくなってしまう。
「魔法陣はまだ描き終わらないの?」
「ううう、昨日はサボれって言ってなかったか?」
「気が変わったの。さっさと終わらせて母さんのところへ帰りなさい」
私は帰れないけど。
親不孝な娘でごめんなさい。
父さんも反省しているのか、涙を流している。
悪いと思っているならさっさと帰りなさいよ。
顔を見せるだけでもいいのに。
なんでそんなこともしないのかしら。
「泣いたところで私は許さないわよ」
「そう言わずに、うう、シャンプーを洗い流してくれないか?」
…………は?
まさか涙を流してたのって。
「このバカ者が!」
「痛いっ! ポチが可哀想だから叩くのを止めなさいっ」
「だったら来なければいいでしょ」
「娘との楽しい一時を過ごしたいんだ」
「母さんと過ごしなさいっ!」
シャワーで冷水を思いっきり掛けてやった。
「冷たっ!」
お望みどおりシャンプーが流れたでしょ。
ついでに身体の泡も流してあげましょう。
「冷たいってば!」
「贅沢を言わないっ」
「冷たいなぁ。って、那夜? もう服を着てるのか?」
「ええ。十分温まったわ」
それに目を潰したとはいえ父さんの前で長々と裸になっているなんて出来ないわ。
「父さんの心と身体は冷え切っているんだが」
心ってなによ。
「自業自得でしょ。拭いてあげるからこっちに来なさい」
「父さんも那夜とお湯に浸かりたい!」
「昨日浸かったでしょ」
「ヤダヤダヤダ! 一緒に入る!」
うわ……仰向けになってジタバタしている親なんて見たくなかったわ。犬の姿だけど。
「もう子供じゃないんだからイヤよ」
「むぅ。……年齢設定をもっと下げておけばよかった……」
「ん? 今なんて?」
年齢設定がどうのって聞こえたような。
「なにも言ってないぞ」
白々しいわね。
なにも言っていない割には落ち着きが無いのよ。
「あっそ。ほら、上がりなさい。というかポチから出て行きなさい」
「本当に冷たい」
「きゃっ」
ポチはブルルッと身体を震わせ、毛に纏わり付いている水分を吹き飛ばした。
「もー、冷たいじゃないっ」
「「「がうー」」」
ああ、今のはポチだったのね。なら仕方がないか。許してあげましょう。
バスタオルで身体を拭いてあげる。水分は殆ど飛んでいたから大した苦労はない。ササッと拭けばカラカラだ。さすが短毛!
身体を拭き終えると、ポチは再び首の裏に隠れた。
「お風呂ありがとうございました」
「しっかり温まれた?」
「はい」
「那夜ちゃん!」
ああそうか。着替えがあったから男が居るのは当たり前か。
「奈慈美のところに泊まってくるんじゃなかったの?」
「んー、お姉さんは酔っ払ったから置いてきたんだよ」
「置いてきた?!」
「うんっ!」
「大変だ!」
「あっ。五十三君、何処へ行くんですか」
男は血相を変えて寮母室から出て行ってしまった。
迎えに行ったんでしょうけど、何処に居るのか知っているのかしら。
見つけたらそのまま連れ込み宿にでも泊まってきなさい。
「仕方ないわねー。那夜さん、五十三君が帰ってくるまでこの部屋で過ごしてください」
「分かりました」
男の部屋でもここでもやることは変わらない。
さ、本を読むわよ!
次回、出勤を見送りましょう




