第44話 男? 女?
「お、居た居た。動かなかったのね。エライエライ」
「お前なぁ」
「なによ、嬉しくないの?」
「この歳になって頭撫でられても嬉しくないっ」
「そういうもの? 私は嬉しいんだけどな」
「そうなのか」
「うん。嬉しいの」
「ふーん」
「………………」
「ん、どうした?」
「なんでも、ないっ!」
「痛てぇ! てめぇ! なに思いっきり足を踏みつけてんだよ」
「ふんっ。自業自得でしょ!」
「俺がなにしたってんだよ!」
「なにもしてないわよ!」
「じゃあなんで踏みやがった!」
「なにもしなかったからよっ」
「それは理不尽だろっ!」
「拾十の方が理不尽でしょ!」
「何処がだよっ!」
「すみません」
「「ああ?!」」
「あの……お店の前ではお静かに願えますか」
「あっ」
「ごめんなさい。直ぐ移動します」
「すみません」
「ほら拾十、那夜、行くわよ」
きゃあ! えっ、なになになに?!
急に身体に衝撃が来たかと思ったら倒れそうになったので自然と足が出た。それでもバランスが崩され続けるので足が自然と交互に出続ける羽目になった。
これじゃおちおち本も読めないじゃない。一体なにが起こっているの?
どうやら背中を押されながら手を引っ張られているようね。
誰よ、至福の時間を邪魔する悪魔は! ……って、あの2人か。
「何処に連れて行くつもり?」
「何処って、お望みどおり帰るのよ」
「ああ、そうなの」
どうやら化粧品は諦めてくれたみたいね。
「基礎化粧品、買ってきたからちゃんと使うのよ」
いつの間に買ってきたの?! そんな暇あったかしら。
「最近は男も化粧するのね」
「貴方が使うのよ! 拾十が使うわけないでしょ」
「む。私こそ使うことないわよ」
「なんで無いのよ……あーもー、使い方教えてあげるから、ちゃんと使いなさい」
「ひ・つ・よ・う・な・い」
「……いいの? 拾十の前でそんな態度取って」
くっ、事ある毎に耳打ちしてこないで!
とはいえ、反論できないのよね。相手に合わせてコソコソと反論しましょう。
「……私は寮の中に入れないでしょ。どうするつもり?」
「女子寮なら寮母さんに断りを入れれば友達として簡単に入れるわ」
「なんで男子寮はあんな面倒なのに女子寮はそんなに簡単なのよ」
「貴方が女子だからじゃない?」
…………あ、そうか。
「なに今自分が女子だってことを思い出しましたーみたいな顔してるのよ」
「そんな顔していないわよっ」
「鏡でも見てみたら」
もー、男だの女だの面倒くさいったらありゃしない。
検体相手ならそんな下らないこと意識せずに済むっていうのに。
あー、なんで私、女なんだろ。
女は顔を上げると、男と向き合った。
「拾十、この子うちで預かるからそっちの寮母さんにそう伝えておいて」
「ああ、分かった」
「貴方の部屋に泊まるの?!」
「兄でもない男と同じ部屋に泊まりたいの?」
「絶対にイヤ!」
「えっ…………」
あ、しまった。聞かれてしまった。
はぁーもうなに今にも泣き崩れそうな情けない顔しているのよ。
「お兄さんは嫌じゃないよ」
「……ホントに?」
一言で納得しなさいよ。
仕方ない。大盤振る舞いよ。
「だって産まれたときから兄妹だもん」
「プッ」
「……そっか。そうだよな。ははっ」
ふう、機嫌を直したようね。
…………なんで私がこいつのご機嫌取りをしなきゃいけないのよっ。
それからそこ! 吹き出すな。
「っくくく。それじゃ……拾十は先に帰ってて。プフフ。私たちはまだ用事があるから」
堪えきれていないわよ。
「そうなのか?」
「用事なんて――」
「あるのよ。そうよね」
有無を言わさない圧力を掛けてきた……つもりらしい。
ふっ、その程度の圧力で私が屈するとでも?
まだまだ人生経験が足りないわよ。迫力が足りない。
もう買うものなんて無いし、する話だって無い。
ないけど……その必死な形相、嫌いじゃないわ。
「お兄さん、お仕事お疲れさまでした。那夜は……えーと……この人と――」
「奈慈美よ!」
うるっさいわね。細かいことを気にする女は男にモテないわよ。
「奈慈美さんと過ごします。また明日です。おやすみなさい」
「分かった。おやすみ。奈慈美、那夜ちゃんを頼んだぞ」
「ええ。おやすみなさい」
「おやすみ。また明日」
さて、男と分かれて女と二人きりになってしまったのだが……一体男に秘密の用事とはなんなのだろう。
次回、年齢の誤差は何処まで許される?




