第39話 妥協点
「っひひひひ。あー面白」
質の悪い女だ。私を揶揄って遊ぶだなんて……ムカつく！
「そっかぁー拾十はまだ取り繕う相手なのねぇー」
「……そうよ」
「賑やかだな」
「あっ、お兄さんお帰りなさい」
「ああ、ただいま」
「お兄さん、お帰りなさい」
「なんだよ奈慈美まで」
「ぷっ、くすくすくすくす。なんでもー。ふふふふふふ」
こ、こいつー。
「那夜ちゃんの真似しても可愛くないぞ」
「べっ、別に可愛いとかそういうんじゃないから！」
「こら！ 女の子に可愛くないとか言ったらダメだよ。メッ！」
「う……そっか。そうだよな。わりぃ」
「いいって。可愛くないのは分かってるから。拾十は那夜ちゃんみたいなのがいいんでしょ」
「はあ？！ 妹を可愛いって思うのは当たり前だろ」
「私、拾十に妹が居ないの知ってるんだけど」
「あれから出来たんだよ」
「そんな嘘が通じるとでも？」
「やめて！ お兄さんを虐めないで！」
２人の間に割って入る。いつもなら放っておくんだけど。
ちょっと！ 気持ち悪いモノを見る目で私を見るのをやめなさい！
そういう目で見られたら私自身が耐えられなくなるでしょうが。
「っはは。別に虐められてないよ。とにかく仕事に行こう。な？」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「あー、そうそう。なぁ奈慈美、那夜ちゃんが――」
「図書館でしょ。許可できると思ってるの？」
なっ、こいつ！ 反対する気なの。
「はぁーそうだよなー。記憶喪失の妹を１人放ってはおけないなー」
放っておいて構わないわよ。
「やぁー！ 図書館行くの！」
だからその目で見るな！
しかもさっきよりキツい目をしないで！ 頬を引きつらせないで！
「分かったからその気持ち悪い声と仕草を止めろ！」
気持ち悪くないわよっ。
「気持ち悪いってなんだよ。可愛いじゃないか」
でしょ！
男から見れば可愛いのよ。
「あんたってこういう趣味だったんだ……だから……」
「〝こういう趣味〟ってなんだよ。違うからな！」
「はいはい。で？ 図書館に付いていくつもり？ 仕事はどうするの？」
「１人で行ける！」
「でしょうね。〝無理ー〟とか言ったらぶん殴ってるところだわ」
凶暴な女ね。
しかも私の声真似までして言わなくてもいいじゃない。微妙に似ていると思ってしまったから余計腹が立つわ。
「殴るな！ 本当に大丈夫か？ 迷子にならないか？」
「だったら位置情報を紐付ければいいでしょ」
なにその余計な機能！ 要らないわよ。
「平気だよ。１人で行けるもん。寮にも帰れるもんっ」
「１人で寮に戻るのはダメだ。お兄さんが図書館まで迎えに行くから、大人しく待ってるんだぞ」
それだと買い物ができないじゃない。
昨日のお店だってお客さんがそれなりに居たけど広さに対して閑散としていたわ。閉店間際だったんじゃないの？
なんとかならないかと女に視線を送ると、ため息を吐きながら手を腰に当てた。
「仕方ないわね。今日は早上がりしましょう」
「ええっ？！」
「それならいいよね、お嬢ちゃん」
ニヤニヤしながら私に顔を近づけてくる。
貸しだとでも言いたいのかしら。
本当は嫌だけど、仕方なく「いいわよ」と女に耳打ちした。
「よし決まり！」
そう言うと手をパンと鳴らした。
「決まりって……はぁー、お前はいつもそうやって勝手に決めるんだから」
「拾十がさっさと決めないからでしょ。ほら、さっさと行って終わらせてくるわよ」
「……分かった。気をつけていくんだぞ。知らない人に付いていったらダメだからな」
それを言ったら貴方にも付いていけないんだけど。
「分かったー！」
そこの女！ 身震いするのを止めなさい。
「図書館に行くには」
「知ってるから平気だよ。バイバイ！」
「あ、那夜ちゃん！」
これ以上構っていられない。
さっさとポータルを使って移動しましょう。
次回、おあずけ
