第38話 取り繕う相手
寮を出るときに、寮母さんに挨拶と洗濯物のお礼を言っておいた。
仕事場への移動もポータルか。
ポータルウインドウを出して男に設定をしてもらう。行き先が分かれば自分でやるのだけれど。男は特に弄る様子がない。ウインドウすら出していないわ。
手を引かれて男とポータルを通って建物の外に出ると、昨日の駐車場に出た。
昨日より広範囲に車が停まっているが、既に出ていったのかかなり歯抜けになっている。
「あ、やっと来た。拾十、遅いぞ」
「遅いぞって、まだ時間になってないだろ」
「いいから。妹さん見ててやるから、さっさと出勤してこい」
「ああ。那夜ちゃん、ちょっと行ってくるからお姉さんと待っててね」
「うんっ!」
男がその場を離れ、昨日女が入っていった建物に入っていった。タイムカードでも押しに行ったのだろう。
「まだ子供のフリしてるの?」
「え?」
「それ、演技でしょ」
なっ……私の完璧な演技を見破ったとでもいうの?!
「別に演技しているつもりはないわ。あの男が勝手に勘違いしたから乗っかっただけよ」
「それが貴方の素って訳?」
「どうかしら。これも貴方に合わせて演技しているのかも知れないわ」
「はっ、食えないねぇ」
「どうも」
「褒めてないわ」
「知っている」
「で? 何処の誰なの?」
腕組みをし、私を睨み付けてくる。
そんなに警戒しなくても、なにもしないわよ。
……今は。
「だからあの男の妹よ。昨日聞いたでしょ」
「そうね。ゲートも通れたからそうなんでしょうけど……私は誤魔化されないわよ」
「誤魔化していないわ。ゲートを通れたからこそ、妹だって証明されたも同然でしょ」
ゲートを通った際、出入記録だけではなく身分も確認されている。
あのとき男は監視員に私を妹と紹介していた。もし妹でなければスキャンに引っかかって通り抜けることが出来なかったはずだ。
それはこの女も気づいていたはず。
「私は拾十の幼馴染みなの。だからあいつに妹が居ないことを知ってるのよ」
幼馴染み! それは想定外ね。記録は誤魔化せてもさすがに人の記憶は弄れないから改竄なんてしていない。
「安心して。あの男に興味はないわ。貴方の恋路を邪魔したりしないから」
「そんなんじゃないわ。幼馴染みとして心配なだけ。半分はね」
「もう半分は?」
「貴方、外から来たんじゃないの?」
「外? 外って何処のこと?」
「とぼけないで。この上から来たんでしょ」
天井を指さしながら〝この上〟と言った。へぇ、中々鋭いわね。
「私は地下の住民よ。地上からなんて来るわけないでしょ」
「そういう言い方してる時点で、ここの人間じゃないって分かるのよ」
〝そういう言い方〟?!
確かに私はまだここの常識を知らない。だから早く図書館に行きたかったのよ。
「記憶喪失だから分からないだけよ」
「はっ。そういうことにしといてあげる。でも拾十になにかするようならただじゃおかないから」
「だから貴方の恋路を邪魔することはあり得ないわ」
「だからそういうんじゃないの! ただの姉と弟よ」
本当にそう思っているなら、寂しそうな顔をしながらそんなこと言わないわ。
「それで、昨日服を買いに行ったはずだけど?」
そう疑うのも無理はない。私の格好が昨日と変わっていないんだから。
「行ったわよ。部屋着を1着買ったわ」
「なんで部屋着だけなのよ。しかも1着……」
「あの男に言って」
「はぁー、拾十の奴……私が付いていけばよかった」
ほらね。想定どおりよ。
「分かった。今日は私が付いていくわ」
「は? 要らないわよ。1人で買えます」
「お店が何処にあるか知らないでしょ。案内してあげるって言ってんの」
「必要無いわ。この後図書館に行ってその帰りに買ってくるの」
「図書館?」
「この世界の常識を学んでくるわ」
「はっ、隠しもしなくなったのね」
「バレた相手に取り繕うほど暇じゃないの」
「あ、拾十が戻ってきた」
「お兄さんお帰……」
って、居ないじゃない!
「あっはははははは!」
「笑うな!」
クソッ、騙された。
次回、なにがなんでも別行動




