第34話 エイルの影響
私は金田 ロンダー集、この滅びゆく都市・マジャンマカの財務長官だ。
今日もほぼ変化のない物価のグラフを眺めていた。平和すぎて退屈な日々だ。影で給料泥棒と陰口を囁かれているのは知っている。なにかあっても思金が対処してしまう。人が関わらなければならないような大事はここ数十年起きていない。こうも暇だと不謹慎なことを考えてしまいそうになる。そんな自分を殴りたいと思った。
これはどういうことだ。
システムは正常に機能している。だというのに急な物価上昇が発生している。
ちょっと目を瞑っていただけなのに、目を開けたらちょっとした違和感があった。
しかし思金は何事も無かったかのように静かだ。
気のせいだと思い放っておいたら苦情の電話が殺到していると報告を受けた。どうやら違和感は気のせいでは無かったらしい。だが何度見直しても不審な点は何処にも無い。資源採取、食糧生産、発電量、インフラ管理、貯蓄率………………やはり異常値は見当たらない。全て許容範囲。
一体なにが起こっているんだ。
モニターに穴が開く勢いで見落としが無いか探し回っていると、通知音と共に部下からの呼び出しを知らせる通知ウインドウが浮かび上がった。
なにか分かったのだろうか。
通知ウインドウをタップし、相手との通話を開始する。
「金田だ」
〝金田財務長官、物価上昇の原因が分かりました〟
「なに! 原因はなんだ」
〝原因はベルの価値が下がったためです〟
「価値が下がった? この短期間にか!」
〝はい。ベルの発行数は覚えてらっしゃいますか〟
「ふむ、確か総数は1兆6077億ベルだったな」
ここ数十年、増減された記録は無い。
〝……やはりそうですか〟
「違うというのか?」
〝いえ、私奴もそうだと記憶しておりました。ですが実際には1兆8638億ベル発行されております〟
「なんだと!」
思わず立ち上がり、声を荒げてしまった。いかんな。冷静にならなくては。
しかし1割5分9厘にも及ぶ増刷、聞いていないのも事実。
そもそも私の許諾無くして流通枚数を増減させることなど不可能。
前任の者が公布したものが発動したなんて記録も無い。
記憶違いも考えられるが、私だけではなく部下も同じだという。2人同時に同じ額で間違えるだろうか。
「原因はなんだ」
〝特定できておりません〟
「どういうことだ?」
〝それが、ベルの発行記録を幾ら調べても不自然な点が見つからないのです〟
「そんなはず無いだろう。急な物価高騰だぞ。なにかしら不自然な記録が残っているはずだ」
〝私奴もそう思い、一年間の記録を探った結果、なんら不自然な点が見当たらなかったのです。記録上は〟
「記録上は?」
〝はい。記録上不自然な点は見つかりませんでしたが、私奴の不確かな記憶とは相違点がございました〟
「つまり記録が改竄された可能性があると? そんなことできるはずが無かろう。今まで何人のクラッカーが挑戦して粛正されてきたと思っているんだ。成功例など過去数千年遡っても存在しないぞ」
〝或いは、成功したからこそ記録が無いのでは、と愚考します〟
「成功……したからこそ……」
〝はい。ですから思金も不正を見つけられなかったのかと〟
思金……この都市の管理を司るコンピューターの1つで、経済を担当している。
私が管理を任されている。今開いている情報画面も思金のモノだ。
つまり、これは私のミスでもある……ということか。
5年、10年と履歴を遡っても記録上の不自然な点が一切見当たらない。私の記憶の方が間違っているのではと思うくらいだ。
いや、実際……うーむ。
「だが、今回のような問題が発生した記録は……まさかそれも抹消されているというのか」
〝恐らくは……〟
考えたくも無い。それらが事実だというなら、セキュリティの穴を数千年放置してきたことになる。毎日のように更新し続けているというのに……
その監視網を掻い潜り、改竄したというのか。
そんなことは不可能だ。
力無く椅子に座り込み、天井を仰ぎ見る。
どんなに巧みに改竄しても、必ず歪みが出る。それを見ればセキュリティの穴が見つかるし、対策も出来る。そもそも改竄に至る前に思金に見つかって穴を塞がれるのが常だ。
見つかることなく穴を通り抜けて改竄した?
改竄の跡が見当たらないのでは元に戻すことができない。
「履歴すら改竄したというのか……こいつは」
履歴は暗号化した上、幾重もの防壁に守られている。復号化キーは省内に公開されているが、暗号化キーは公開されていない。だから閲覧は簡単でも改竄して書き戻すことなど不可能だ。その上ブロックチェーンで不整合が直ぐに露見する仕組みになっているんだぞ。暗号化キーだって端末ごとに違うというのに。
それをこの短時間で…………とても人間に出来ることとは思えない。
〝如何致しますか〟
「データの復旧は不可能だろう。だからといって増えすぎた分を処分できるほど財政に余裕は無い」
〝では……〟
「我々に出来ることは一刻も早く改竄した犯人を見つけ出すことだけだ。そんな人間が存在すれば……だが」
〝……分かりました〟
部下との通信を切り、一息吐く。
ふう……ここ数年で最も厄介な案件だぞ。
冷め切ったブラックコーヒーを一口飲む。渇いた喉に染み渡っていき、香りが鼻をくすぐった。
恐らく犯人は見つからないだろう。それでも見つけ出さねばならない。なにがなんでも……だ。
次回、無自覚DV




