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第31話 食事は片付けまでがセット

 男は皿を床に置くと、壁に立てかけてあった足が折りたたまれている小さなテーブルを手に取った。カチカチと足を広げると、部屋の真ん中に設置した。そして皿を拾い上げ、テーブルに置いて座った。私も男の向かい側に皿を置いて座る。


「それじゃ食べようか」

「うんっ。いただきます」

「ん? なんだい〝いただきます〟って」


 あっ……もうすっかり手を合わせて言うのが癖になっているわね。

 父さんがなにも聞いてこなかったから忘れていたけど、モナカの世界の習慣だった。


「えっと、作ってくれた人や食材に感謝して食べますって」

「ふーん。そんなの初めて聞いたけど、何処の風習なんだい?」


 男は食パンを千切ってはスープに放り込んでいる。

 浸すというよりはつけ込む感じかしら。

 スプーンで中まで押し込んで潰しているわ。


「知らない」


 まずはお味噌汁をひと口。んー、お味噌のいい香りと菜っ葉の風味がいいわ。

 こんな地下でよく育つわね。


「誰に教わったの?」

「んー、分かんなーい!」

「そっか。忘れちゃったか」


 記憶喪失、便利ね。

 ご飯もモチモチしてて噛めば噛むほど甘いわ。

 魚は丸焼きね。内臓が無いのが残念だわ。あの苦みがいいのに。んー、何年振りの魚かしら。転生してから初めてね。ご飯と一緒に食べるとまた格別だわ。皮もパリパリで美味しい。さすがに骨は食べられそうにないか、残念。素揚げしてもらえないかしら……なんてね。

 お味噌汁の菜っ葉がクタクタになっててご飯と合うわ。

 あー、なにもかもが懐かしい。

 トレイシーさんのご飯も美味しかったけど、あっちとはやっぱり少し違うのよねー。なんて言えばいいのかしら……素材の微妙な違いなんでしょうけ……ど?

 なに? 男が食べる手を止めて私を見つめているわ。

 なんだっていうのよ。ま、ニコッと笑って愛想を振りまいておけばいいでしょ。


「あ、うん……綺麗に食べるもんだから、つい見蕩れちゃってさ。それに……いや。うん。魚の骨、気をつけるんだぞ」

「うんっ!」


 そういう男はパン屑がポロポロと周りに散らばっていた。パンに挟んだハムエッグも、齧り付くとムニュッと飛び出してボロボロと落としながら慌てていた。

 確かにこれは汚いかも。まだモナカの方が綺麗に食べていたわ。

 ……モナカ……か。良い検体だったな……

 ゆっくり食べたつもりはないけれど、追加で増量していた男の方が先に食べ終わっていた。もっともテーブルの上は食べかすが散乱しているけど。その食べかすを摘まんで食べるのは行儀が悪いなぁ。

 あ、摘まめないほど細かいのは手で払って床に落としやがった。うへぇ。まさか私が座っている下に昨日の食べかすが散乱している……なんてこと、無いと信じたいわ。

 その後、私が食べ終わるまで頬杖をつきながらジッと見つめていた。

 ……食べづらい。

 それでもとりあえずニコニコしながら取り繕わなきゃならないのは結構な拷問でしょ。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせ、頭をペコリと下げる。


「……それも習慣?」

「うんっ」

「ふーん」


 なにか言いたそうね。

 ニコニコばかりしてても不審がられるかな。

 少し不思議そうに小首でも傾げながら見つめ返してみましょう。


「あ……っはは。うん、お風呂、入りに行こうか」

「お風呂ー!」


 バンッとテーブルを叩きながら勢い役立ち上がった。

 やっと身体が洗える!

 ポチのお陰で思いっきり埃を被ってたから恋しかったのよ。

 喜びのあまりバンザイでもしてしまいましょう。


「バンザーイ!」


 どう? 微笑ましいでしょ。


「……あ、そうだ。はい、着替え」


 む、淡泊な反応ね。まさかもう飽きたのかしら。

 別に! この男を喜ばせようとか思ってないけど。

 不自然だったかしら。今回は割と素直に反応できたはずよ……ね。

 着替えはさっき買った服なのは分かるけど、袋から取り出すくらいしないのかしら。


「ありがとう!」


 私に袋を渡すと、男はクローゼットから自分の着替えを物色し始めた。

 確か流しがあったわね。その間に食器を洗ってしまいましょう。


「なにしてるの?」


 見て分からないのかしら。


「別に洗わなくてもいいんだぞ」

「んーん、洗うー!」


 といっても、洗剤もスポンジも無いのよね。水で流して指で軽く擦る程度しか出来ないのよ。

 脇に置いてあるコップはなんか曇っているし、カップは渋がこびり付いていて凄いことになっている。

 気のせいで無ければカップの底には乾ききっていない焦茶色の液体が僅かに残っている。すすぎすらしないのね。

 そんなカップに入れられたままのティースプーンは運命共同体ってところかしら。

 よくこんなものを使う気になるわね。

 もしなにか飲むかと勧められても、断った方が賢明でしょう。どうせ水かインスタントコーヒーしか無いみたいだし。


「貸して」

「え? だからいいって」

「貸・し・て!」

「あっ」


 男の持っていた食器を半ば強引に奪い取って水洗いをする。

 男はそんな様子を見ながら頭をポリポリと掻いている。フケは落ちてこないようだから、身体は洗っているみたいね。服も汚れた様子はないし、臭っては来ていないから洗っているのだろう。

 そう考えるとこの子たちが不憫でならない。可哀想。カップの渋は指で擦った程度じゃ落ちないでしょうね。

 食器の水気を雑に切って2人分を重ねて持つ。

 それじゃ、お風呂に行きますか。


「行こ!」

「あ、ああ」

次回、首を絞めてしまいましょう

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