第3話 臨時万部副部長
中央からのメールを未読無視し続けて早1週間、しびれを切らしたのか直接乗り込んで来やがった。
しかもアトモス号と同型の船で来やがった。
まさか鈴ちゃんみたいな子を見つけたとでもいうのか?
「粗茶ですが……」
時子がお茶を煎れて持ってきた。
携帯に慣れるためといって携帯の魔法で家事全般をトレイシーさんの代わりにやっている。
たった1週間なのに、炊事洗濯掃除と難なく熟せるようになった。
扉を開けるときも携帯のときのような地響きを立てることも無い。
トイレもシャワーも一人で出来るようになった。
俺は相変わらずアニカにお世話になっているというのに……羨ましい限りだ。
そんな時子が煎れてくれたお茶を一瞥しただけで鼻で笑いやがった。
何様だこいつ! 随分と偉そうな男だな。
ま、中央からの使いらしいけど。
そう名乗ったから玄関を開けたくなかったけど渋々時子に開けてもらうと、強引に家の中に入ってきた。
そして迷うこと無く食卓に入ると椅子にドカッと座りやがった。
そこ、俺の席なんだけど……
仕方なく向かいの席に座ったのだが……さて。
時子が俺の隣に座って手を握る。
握っているところは見えないはずなんだけど、テーブル越しに見られている気がする。
そして眉をひそめるとまた鼻で笑いやがった。
ホント、なんなのこいつ!
「他の者はどうした」
キョロキョロと辺りを見回したかと思ったら、そうのたまいやがった。
「他の者とは?」
「他の者は他の者だ。俺が知るわけないだろ」
じゃあなんで他にも居ると思ったんだよ。
「ご用件はなんでしょう?」
「あ? 先に知らせておいただろう」
「先に……ですか。時子、なにか聞いているか?」
「いいえ、なにも」
「だよな」
そんな重要なこと、仮にトレイシーさんが聞いていたとすれば教えてくれるはずだ。
「メールで知らせていただろうがっ!」
「メール?」
あ、もしかして未読無視していたアレか。
「確認します。あーどうやら迷惑メールフォルダに入っていたみたいですね」
と誤魔化しておこう。
「貴様、ふざけているのか!」
「いえいえまさか。登録されていない怪しいアドレスから来たメールは弾くようにしているんですよ」
「何故登録していない!」
中央省と関わりたくないし、そもそもアドレスを知らん!
「では登録しておきますね」
ブロックリストにな。
「ふんっ」
と鼻息を荒くすると一気にお茶を飲み干しやがった。
時子が立ち上がって台所へ向かった。
仕方ないな。メールを確認してみるか。
どれどれ……改めて見ると数が多いな。何通あるんだ。
アプリの購入通知より多いぞ。
んー、出頭しろって命令書ばかりだな。
行くわけないだろ面倒くさい。行く理由もこっちには無いし。
えーと? これか。最後のメールだな。
なになに……ふむ、確かに今日来ることになっているな。
要件としてはデイビーが残った結界まで案内しろというものだ。
やっぱり面倒くさい。
とはいえ断るわけにもいかない……こともないな。
「座標は分かっているんですよね。あの船で行けばいいのでは?」
「ふんっ。出来ればこんなところに来ておらんわ。そんなことも分からんのか」
出来ないくせに威張るな。
時子が戻ってきてお茶を継ぎ足した。
こんなヤツに気を遣わなくていいのに。
「あれは俺がなんとか動かせるようにしただけだからな。移動はできるが結界を超えることも魔物を倒すことも出来ん。そもそも人員輸送艦だ。護衛艦がいて当たり前だろうが。こんな常識もないヤツが護衛艦を預かっているとか……やれやれ」
なにがやれやれだ。
しかも護衛艦? 1隻しか停まっていないような気がするんだが。
「つまり護衛艦が到着するまで停泊させてほしいということですね」
そんなの狩猟協会の裏庭を使えよ。
「なにを言っている。護衛艦はお前が所持しているだろうが」
いるだろうがって、そんなものは所持していない。
なに当たり前のような顔をして言ってやがるんだ。
「お前って誰ですか?」
「お前以外居ないだろ」
だからその〝お前〟は誰だって話なんだよ。
「〝お前〟さんが護衛艦に乗ってくるのをお待ちになるのですね」
「お前はお前だっ!」
人を指さすなって教わらなかったのかよ!
まったく。
後ろに振り返ってみたけど誰も居ないぞ。
「お前だって言ってるだろうがっ!」
ええいっ! 人の頭を指で小突くな!
「俺はお前なんて名前じゃねえ! 大体お前こそ誰なんだ。名乗りもしないで無礼なヤツだな」
「貴様、俺を知らないとかそれでも中央の人間かっ」
「そんなわけ無いだろ」
誰が中央の人間だってんだ。
「なら聞くな、痴れ者が」
いちいち気に触るヤツだな。
………………結局名乗らないのかよ。
知りたくもないからいいけど。
「で? どうしろっていうんだ」
「貴様らが護衛して連れて行けと言ってるだろっ」
言ってねぇよ!
「分かった分かった。連れて行ってやるから黙れ」
「なんだと!」
「だが今はダメだ。鈴の体調が戻ってからだ」
「ふざけたことを言うな。これは業務命令だぞ」
「知るかっ。そんなものに従う義務は無いっ」
「貴様……それでも中央の人間かっ!」
「俺は、俺たちはただの一般人だ。中央とか関係ない」
「貴様たちは異世界人だろ。異世界人はすべからく中央の保護下にある。その時点で中央省に入ったことを忘れたとは言わせないぞ。まったく……特例で外に住んでるからといってその責務が免れると思うな」
「入っていないっ!」
「あ? なにをバカな……このとおり組織表に貴様の名前が……」
空中にパッと表が現れた。
そんなの簡単に見せていいのかよ。
「貴様、名はなんという」
知らずに来たのかよ。
「知りたきゃまず自分が名乗れ」
「チッ、特例だかなんだか知らないがいい気になりやがって。中央省 特車部 二課 整備班 班長 ワビー・シ・クバールだ」
「俺はモナカだ」
「…………」
「…………」
「所属を言わんかっ!」
テーブルを叩くなテーブルを。
まったく。
「クラスク狩猟協会 第7支部所属。親はエイル・ナヨ・ターナー、子は子夜時子」
「中央省の話だっ!」
テーブルをダンダン叩きながら言うな!
「中央省 無所属。これで満足か」
「ふざけるのもいい加減にしろよ」
「ふざけてねーよ。調べりゃ分かるだろ」
ふんっ、いくら睨まれようが事実は事実だ。
さっさと調べろバカ野郎。
「ふんっ。家名は!」
「そんなものは無い。ただのモナカだ」
「無いだあ?! けっ、[モナカ]…………中央省 臨時万部 副部長。誰が無所属だって、ああん!」
臨時万部?! しかも副部長だと!
これを見ろと言わんばかりに拡大した表を目の前に叩き付けやがった。
部長は……エイルになっていやがる。
その他のメンバーにアニカ・時子・ナームコ・鈴ちゃんが記述されている。
タイムの名前が無いのはなんでだ。いや、無くていいんだけど、タイムだけ無いっていうのが引っかかる。
「なんだこれは」
「所属別人員表だ」
そういう話じゃねぇよ。
「入った記憶は無いぞ」
「給料を貰っているんだろう」
「貰っていない! アレは対価だ」
「給料とは労働の対価だ。そんなことも知らんのか。ったく、さっさと護衛艦を出せ」
「アトモス号は護衛艦じゃないっ。それに出せないと言っただろう。無理なものは無理だ」
「無理をどうにかするのがお前の仕事だろう」
「そんな仕事は無いっ」
「ふっ、無能が。整備が必要なら特別に俺が見てやる。ありがたく思え」
「お前より優秀な整備員が居るからお前の出番なんて無い」
「ほう。だったら問題ないだろ。早くしろ」
「今は療養中だから無理だって言っているだろ」
「人員が足りないなら貸してやる。なにが足りない」
「代わりなんか居ねえよ。乗せるつもりもない」
「デイビーは乗ってるんだろ。問題ない」
いい加減しつこいな。
仕方ない、分からせるしか無いだろ。
秘匿通信でナームコに頼むとするか。
『ナームコ、今暇か?』
『兄様のためならいつでも暇なのでございます』
『アトモス号の前まで来てくれ』
『存じたのでございます』
「えーと、ワビーさんだっけ。代わりが居ないってことを教えてやるから付いてこい」
「上等だ。教えてもらおうじゃねぇか」
はぁ……下らないことになったぞ。
次回、温かい氷




