第29話 男の部屋へ
「いいこと。出入りするときは必ず一緒に行動すること。1人で寮内を彷徨かせないように。出入りは貴方の部屋だけ。トイレは管理人室のモノを使うこと。勿論、貴方もよ」
「えっ?!」
「当たり前でしょ。ここに女子トイレは無いし、彼女を男子トイレの前で待たせるわけにはいかないでしょ」
「俺がトイレに行くときも連れて行くんですか?!」
「当たり前でしょ。お風呂はまず彼女を管理人室に連れてきて。那夜さんは管理人室のお風呂を使って下さい。貴方はその後、寮のお風呂に入る。上がったら彼女を迎えに来て自室に戻る。分かった?」
「え? えっと……」
そのくらい一回で覚えなさい。全く。
「分かったー!」
「ふふ。滞在中は他の人を部屋に呼ばない、他の部屋に行かない。廊下で会った場合、挨拶くらいはいいけど話し込んではダメよ。食堂は使用禁止。自室から申請すること。そうすれば係の者が持っていくわ。そんなところかしら。分かった?」
「なんか、随分厳しいんですね」
「女性だからよ。男性ならもう少し緩いんだけどね」
「そうなんですか。はぁ……」
〝女性だから〟……ね。昔誰かやらかしたのかしら。
ん? 入口が開いて誰か入ってきたわ。
「あ、五十三が女の子連れてる……」
友達かしら。
……友達相手にも幼女プレイしなきゃいけないの?!
寮母といい、これは想定外だわ。
「拾屋か。妹だよ」
「五十三って一人っ子じゃなかったっけ?」
「本物の妹だ」
「初めまして。那夜です」
「那夜ちゃんか。初めまして、五十三の親友の拾屋直人だ」
「いつから親友になったんだ?」
「ひでぇな。ね、これから食事でも一緒にどう?」
しないわよ。
「その後お風呂も一緒に入ろうよ」
入らないわよ!
出会ったその日に一緒にお風呂とか、非常識極まりないわね。頭おかしいんじゃないの。
とりあえず「ひっ!」とか言いつつ脅えた振りをして男の後ろから様子を見ましょう。
「コラそこ! 今のは聞かなかったことにしてあげるからさっさと自室に戻りなさい」
「寮母さんただいま。折角可愛い子が居るのにそりゃないよー」
「……寮則違反5点付けるわよ」
「5点って、即退寮じゃないですか!」
「嫌なら早く行きなさい」
「五十三はいいんですか?!」
「五十三君の家族よ。今滞在許可申請書を受け取ったところなの。ほら、さっさと行きなさいっ」
「へぇーい。ちぇっ。五十三、また後でな」
「っはは。拾屋はよっぽど5点が欲しいみたいだな」
「要らないって。はぁ。那夜ちゃん、またね」
イ・ヤ・よ!
男の後ろに完全に隠れて視界から逃げておけば諦めるかしら。
「っはは。一応悪いヤツじゃないから安心していいよ」
何一つ安心できる材料が無いわ。
「〝一応〟かよ」
「違うのか?」
「ち・が・う!」
「っはは。行こうか。寮母さん、また後で」
「お風呂沸かしておくから、寝る前に来なさい」
「はい。あ、この先は土足禁止だから靴を脱いで下駄箱に……えーと」
「左端に来客用があるわよ」
「あった。ここに入れてスリッパを履いて」
「分かったー!」
スリッパに履き替えて、男に手を引かれながら緑の絨毯が敷かれた廊下を歩く。近くにエレベーターがあるみたいね。
男がボタンを押すとエレベーターが降りてきた。扉が開くとさっきとは別の住民が出てきた。私をチラッと見て「こんばんは、お嬢さん」と言ってきた。
「こ、こんばんは」
男の影に隠れるように男とエレベーターに乗り込んだ。住民はニコッとしながらそのまま立ち去っていった。友達じゃなかったのかな。
「ここだよ」
男の部屋は301号室か……
「さ、入って」
ふーん、意外と片付いている……というか物があまり無いだけね。8畳一間ってところかしら。
窓が1つに壁際にベッド。
壁に観音開き……クローゼットかしら。あと小さな折り畳みテーブルが立てかけてあるわ。
一応流しはあるのね。コンロは付いていないけど。
冷蔵庫もなし。
あれは電気ケトル? でもコードが無いからただのポットかも。
予想はしていたけど、アクセスできそうな端末が無いわね。
「色々聞きたいことはあるけど、まずはご飯食べようか」
私は話すことなんて無いんだけど。
それでもお腹が空いてきたわ。
でもここの食べ物って元素よね。また食べたら父さんの世話になるんじゃないの? それともこれを見越してこの身体に?
次回、配給




