第189話 言行不一致
目を閉じていても世界が白く染まっているのが分かった。
その白がだんだん赤くなっていく。
ああ、これはまぶたに流れる血液の色ですね。また私の身体に血液が流れるなんて思わなかったわ。父さんの作った丸薬は、そこまで身体を作り替えるものなの?
その赤色もだんだんと暗くなり、白の残像がまぶたの裏に張り付いた。それも次第に回復していき、漸く目を開けられるようになった。
まだ魔法陣が淡く、青く輝いて、宙に浮いている。浮かび上がったのではない。魔法陣が描かれていた地面が消失したからだ。
暫くすると魔法陣は輝きを失い、その役目を終えた。浄化が終わった……のよね。
「モナカ!」
「ああ、手を離すなよ」
モナカさん? どうかしたのかしら。
えっ、穴の上にモナカさんが浮いている?! そして時子さんが落ちないように手を繋いで……いるのはいつものことですね。いつも繋いでいることが幸いして時子さんが穴に落ちなかったと見るべきでしょう。ではどうしてモナカさんは浮いているのかしら。
「なんだ。パパもママも浮くこともできないのか」
「パパもママも鳥じゃないからな。飛べないのは当たり前だよ」
「難儀だな。パパ、ママを離したりゃダメだよ」
「当たり前だ」
なるほど。大罪の娘が浮いていて、モナカさんは抱っこしている……というか、しがみ付いているから浮いていられるのですね。
モナカさんたちがゆっくりとこちらに飛んで来ました。父さんは膝をついて出迎えている。私は膝なんかつきませんからね。
時子さんがゆっくりと降り立ち、続いてモナカも降り立った。
「鈴、ありがとう」
「なっ……りぇ、礼を言わりぇりゅようなことはしとりゃん!」
「疲れていないか?」
「この程度、なんともないぞ」
「そうか。お疲れ様」
「だかりゃ、疲りぇてなどおりゃんっ!」
「っはは。そうだったな。よしよし」
「撫でりゅでないっ」
モナカさん、そいつは鈴ちゃんではないのですよ。分かって言っているのですか。
大罪の娘! お前も鈴ちゃんではないのだから、言動だけではなく、態度でも嫌がったらどうですか。抵抗するでもなく、頬を赤らめて甘受するのはおやめなさい。
「ふんっ。パパ、確認してくりゅから離して」
「そうか。タイム、ドローンを飛ばしてくれないか」
「もう飛んでるよ。でも結界の中には入れないよ」
「結界が生きているのか?」
「うん」
「確かに結界は生きていりゅ。果たして人間はどうかな。だかりゃ離すのだ」
「そっかぁ。じゃあアトモス号で行くか?」
「そうすると目立つよ」
「おい」
「やっぱ目立つよなぁ。那夜さんはどう思う?」
「私?!」
「だかりゃ離さんか」
「私は……別に……いつも父さんに任せていましたから」
「そっかー。中州父さん、どうしましょう?」
「パパ! 離して!」
「こーら。暴れたら危ないだろ」
「はーなーすーのーだー!」
「モナカ君?」
「はい」
「えーと、鈴様を離してもらえないだろうか」
「なにを言っているんですか。また泣かれたらどうするんですか。困るのは中州父さんですよね」
「えええええ……」
「泣かぬわっ! そもそも泣いておりゃぬわっ!」
「え? ビービー泣いていたじゃないか。もう忘れたのか? まぁ千年も生きていたらボケても仕方がないか」
「ボケとりゃんわっ!」
「そっか。なら覚えているよな」
「いいかりゃ離すのだ!」
「はいはい。よしよし」
「だかりゃ撫でりゅでないっ!」
ですからそう言うのならば、行動も伴わせなさいよ。お前は鈴ちゃんではないのですから。
はぁ。仕方ないですね。
「父さん、ポチを出して下さい」
「ん? いいけど、どうするんだ?」
「ポチなら背中に乗って下まで降りられますから、抱っこしたままでいいと思います」
「よくない! パパ! 過保護はよくないぞ」
「ポチに乗ってもいいんですか!」
あー、またスイッチが入ったのかしら。
「いいですよ」
「ぃやったあ!」
「ちょっと。父さんなにも言ってないんだが」
「なんですか。可愛い娘のお願いも叶えられないような父さんなんて嫌いです」
「勿論いいに決まってるじゃないか」
「おい貴様! 儂を裏切りゅつもりかっ!」
「ポチ、タマ、おいで!」
「「「がうっ!」」」
「にゃう!」
「貴様っ!」
自分でお願いしておいてなんですけど、本当にいいのかしら。しかもタマまで。
でも、大罪の娘も本気を出せばモナカさんの拘束くらい簡単に抜け出せると思うのですが……
言動とは裏腹に、全然嫌がっていないではありませんか。
「ご安心を。私奴もお供いたします」
「要りゃんわっ!」
「よっと」
「ひゃあ!」
モナカさんがポチの背中に軽く飛び乗った。あの高さを軽々と……私なんか魔法を使ってやっとなのに。でも、大罪の娘の悲鳴が聞けたから、悪くないわね。
そんなことより、時子さんも一緒に飛べている。引っ張り上げられたのではない。なんの合図も無かったように見えたのに、2人一緒に綺麗に並んで飛んでいることに驚きました。
時子さんがあの高さを飛べたことなんて霞んでしまうくらいに。
次回、足がゾクッとする