第188話 輝きの中で
「遅いな」
「そうね」
「待ち合わせ場所、間違えたかな」
「寮の前でしょ」
「そうだったか?」
「そうよ。中でなんて待てないでしょ」
「そうだけど……こうも遅いとな。もう夜だぞ」
「まさか捕まったんじゃないでしょうね」
「そうかな」
「だってリンクが切れてないのに居場所が辿れないなんてことある?」
「聞いたことないな」
「でしょ! だから捕まったんじゃないかな」
「そうかもな」
「なによ。随分と醒めてるじゃない」
「そんなんじゃないさ」
「じゃあなんなのよ」
「那夜さんが捕まってるとこを想像できるか?」
「んー…………できない」
「だろ。だから大丈夫さ」
「そうかな」
「そうだよ。じゃなきゃ困る」
「そうねー。お買い物の約束、まだ果たしてもらってないもんねー」
「それに、折角制御チップを手に入れたんだ」
「しかも専用のヤツ」
「ああ。あんなに必死になって漁ったのは初めてじゃないか?」
「そうねー。いつもそこにあるものを特に考えもせずただ車に積み込んでただ運んでただ降ろしてただけですもの。漁ること自体が初めてなのよ」
「そうだな」
「でもさ。それ、本物なの?」
「当たり前だろ」
「こんな都合よく見つかるものかしら……と思ってね」
「日頃の行いの賜物だろ」
「日頃の行いねぇ。ただ漫然と生きていただけなのに?」
「……そうだな。那夜さんが来て、なんか変わった気がする」
「そうね。人の手料理なんて、私初めて食べたわ」
「手料理? なんの話だ」
「なにって、那夜さんの手料理よ。あー、思い出しただけでも涎が出てくるわ」
「なんだと! 俺は食ってないぞ!」
「そうなんだ。私は食べたわよ」
「くぅー、俺も食べたいっ!」
「なら、今度頼んでみたら? 嫌がるでしょうけど。あ、食材は用意しておきなさい」
「食材……かぁ。それはハードルが高いな。なにを買ってくればいいんだ?」
「え? そんなの作ってほしい料理の食材に決まってるでしょ」
「だから、それに必要な食材が分からないだろ」
「ああ、それもそうね」
「奈慈美は分かったのか? 作ってもらったんだろ」
「いやぁ、私は食材も那夜さんが用意してくれたからさ」
「ならなんで食材を揃えろなんて話になるんだよ」
「那夜さんがそう言ったの! でもそのときは用意する暇なんか無かったから、那夜さんが出してくれたってだけ。だから、次は用意しないといけないのよー。もー、どの料理にどんな食材が必要かーなんて、誰も知らないわよ」
「そうだなー。俺の知り合いで料理したヤツなんて居ないからな」
「…………」
「ん?」
「なんでもない。私の知り合いにも1人も居ないわねぇ」
「那夜さんは何処で料理を覚えたんだろ」
「母親に教わったって言ってたわ」
「お母さんも料理できるのか! もしかして凄い資産家の娘なのか?」
「かも知れないわね。なにしろ料理ができるんだから」
「そっか……」
「なぁに、逆玉の輿を逃したって思ってるの?」
「痛い痛い! 耳を引っ張るなって」
「ふんっ。どうせ私は貧乏人の娘ですよーだ」
「そんなこと言ってないだろ。それに俺だって貧乏人の息子だ」
「だから逆玉の輿したいんでしょ」
「つまり奈慈美も玉の輿をしたい……と?」
「なんでそうなるのよっ。私は……その……」
「ん? なんだ?」
「えっ……きゃっ。なにこの光!」
「調光器が壊れたのか? どんどん明るくなってくるぞ」
「あ……でもなんだか暖かいわ」
「そう……だな。さっきは驚いたけど、不思議と安らかな気分になってくるな」
「うん……でも、世界がどんどん白くなってくよ。拾十の顔も真っ白になってる」
「奈慈美の顔もな」
「少し怖いわ」
「そうだな。でも、そんな不安も浄化されていくみたいだ」
「うん。なんだか心も体も軽くなってる気がするの」
「俺もだ。凄くフワフワしてる……」
「拾十、何処? もう顔も見えないよ」
「ここに居るよ。そうだ。手を繋ごうか。ほら」
「ね、ギュッて抱きしめて。なんだか私自身も真っ白に消えてしまったように感じるわ」
「消えてないよ。ほら」
「あはっ。ホントだ。拾十、顔が近いよ」
「イヤか?」
「……ううん。嬉しい。ふふっ、鼻と鼻がキスしてる」
「そうだな……」
「ね、拾十」
「なんだ、奈慈美」
「私ね、ずっと前から拾十のことが…………」
次回、ナデナデは正義