第187話 意に介さない
「そりぇで、状況はどうなっておりゅ」
ああ、抱っこされていることは諦めたみたいね。
ふふっ、おかしな光景。本人はキリッとしているつもりでしょうけど、それがかえって滑稽だわ。
「はっ、後は魔法陣を発動させるだけでございます」
「パパは邪魔をすりゅつもりなのでありょう」
「ん? しないぞ。だから抱っこしてあやしていたんだからな」
「なっ……どういうことだ!」
「はっ、鈴様が――」
「言わんでいい!」
「はっ、失礼致しました」
「鈴が泣いて泣いて全然泣き止まなかったから、パパが抱っこしたんだぞ」
「言わんでいいと言っておりゅ!」
「そしたらアッという間に泣き止んだんだ。だよね、中州父さん」
「…………」
「おい、何故否定せぬ!」
「鈴様……モナカ君が言っていることは」
「言わんでいいと何度言えば分かりゅのだ!」
「はっ」
自分で言えと言っておきながら、それは理不尽でしょうに。父さんもよく耐えているわね。
ああいう上司の下では働きたくないものだわ。
「むむむむむむ! とにかく、魔法陣を発動させりゅ! だから降りょすのだ」
「降ろさないと出来ないのか?」
「出来りゅわ!」
「なら、降ろさなくてもいいよな。また泣かれても困るし」
「泣かないよっ。パパのバカッ。もういい! 始めりゅぞ。みなは下がっておりぇ」
「はっ。さ、鈴様のお邪魔になる。少し離れるよ」
その場にモナカさんと時子さんと大罪の娘を残して離れていく。
あまり近いとフブキたちに影響が無いとも限らないものね。
私もですけど。
だから大罪の娘の邪魔になるというよりは、私たちのための処置だ。
気を利かせてくれたとでもいうの?
大罪の娘が?
ただの偶然……ですよね。
「パパ、もう少し内側に移動して」
「内側?」
「魔法陣の内側」
「魔法陣……と言われてもな。パパにはなにも見えないよ」
「ああそうか。魔力が無いんだったな。んと、右に7歩。後ろに2歩移動して」
「えーと、右に1・2・3・4・5・6・7。後ろだから……右か。1・2歩! ここでいいかい?」
「ありがとう!」
「おお! 鈴様がお礼を仰るとは!」
「父さんに言ったことは無いんですか?」
「労われたことはある。だがあのような愛らしいお顔で元気よく礼を仰ったことは無い」
「つまり、父さんよりモナカさんの方が役に立ったってことかしら」
「えー、誠心誠意仕えたつもりだったんだけどなぁ」
「千年ババアはそう思っていなかったってことでしょ」
「そうなのかなぁ。ちょっと泣いちゃいそう。那夜ー、慰めて痛いっ!」
「隙あらば抱きつこうとしないで下さい」
「モナカ君は鈴様を抱っこしてるのにぃ」
「分かりました。私が父さんを父捨て山まで抱っこしていきましょう」
「物騒なところに連れて行こうとしないでっ!」
「なら黙って見ていなさい」
大罪の娘がモナカさんに抱っこされたまま魔法陣に魔力を与えている。
なんて魔力量なのかしら。鈴ちゃんだったときより多くなっていませんか?
鈴ちゃんは慣らし運転だったから? 今はその出力に身体が耐えられるようになったから?
あんな魔力の放出を近くでされていたら、魔力酔いどころの話ではありませんね。渦潮に飲み込まれるように、こちらの魔力を全て持って行かれたでしょう。
50メートルくらいは離れたはずですが、それでも近かったかも知れません。魔力を吸い取られるように、身体が引っ張られそうになります。
こんな荒れ狂う魔力の中、平然と立っていられるモナカさんと時子さんは本当に希有な存在ですね。
暴風吹き荒れる中、髪を揺らすことも身体を揺らすことも無く突っ立っていられるようなもの。
唯一モナカさんの着ている服だけがバタついている程度。逆に何故? と問いたいわ。
「もう少し離れようか」
父さんに促され、更に離れた。
モナカさんたちから100メートルは離れたでしょうか。ここまで離れないといけないとは思いもしませんでした。
父さんが描いた魔法陣が輝きを増してきた。1つ、また1つと連鎖していき、それはねずみ算的に一気に広がっていった。
今まではグルッと一周描いただけでしたのに、ここでは中まで魔法陣で埋め尽くしたのですね。
その割には全てを描き終わるのが早かったような気がします。やはり父さんにはまだまだ勝てそうにありません。
輝きはどんどん増していき、とうとう目を開けていられないほどにまでなってしまいました。
次回、最後の出番