第185話 隙間
「中州父さんも席がありませんので、端っこにいて下さい」
「え、ないの?」
「大丈夫ですよ。絶対に揺れませんし、移動も一瞬ですから」
「それは知ってるけどさ。やっぱり聞くと実際は違うって言うでしょ」
「そうですけど……なんで知っているんですか?」
「ん? まぁほら。鈴様の世界の遺物だからね」
「はぁ」
それは〝私たちの世界〟なのに、どうしてそう言わずに〝大罪の娘の世界〟なんていうのかしら。
確かに私は正しくはこちらの世界の人間ですから、一括りには出来ないでしょうけど。
「それと、話し方が堅いよ。もっとさ、親しみを込めていいんだよ。未来の息子君」
「っははは」
「勝手にマスターを息子にしないで下さいっ」
「そうですよ。モナカの結婚相手は……その……那夜さんじゃありませんっ」
「時子、そこは〝私です〟って言うところでしょ、もう」
「モナカ君の結婚相手はボクですよ!」
「いや、お前は男だろ。男と結婚する趣味は無いぞ」
「そうだけど……でも!」
「今更〝私は女です〟なんて言い出すつもりか?」
「うー……」
「マスター、虐めないの!」
「っはは。すまんすまん」
「ううん。そうだよね。ボクは男だから、結婚は無理だよね」
「兄様はわたくしと結ばれる運命なのでございます」
「兄弟での婚姻は何処の世界でも禁止されているだろ」
「王侯貴族では血を濃く残すため、普通のことでございます」
「いつの時代の話だっ」
「現代の話なのでございます」
「俺の世界では大昔の話だっ! そもそも王でも殿様でも貴族でも大名でもないっ」
「兄様?!」
「ふふっ」
相変わらずこじらせていますね。
「安心して下さい。少なくとも私はモナカさんを夫に迎えるつもりはありません」
「那夜?! 嘘だよな」
「父さんは黙っていて下さい」
「ぶぅー」
「そうですよね。マスターをお婿さんにしたいのは那夜さんじゃなくてエイルだもんねー」
「タイム」
「ふんっ」
「はは、済みません」
「いえ」
「謝る必要なんか無いよっ。ぷいっ」
タイムさんは私を認めていないようですね。
(当然なのよ。貴方は疾っくに死んでるのよ。ここに居ることのよ、おかしいのよ)
私はここに居ますっ。
必ず父さんを母さんのところへ連れて行きます。
貴方は出来なかったんですから、引っ込んでいて下さい。
(そ、それは……のよ)
邪魔です。
「まったく。さー鈴。鈴はパパのお膝の上だ」
「くー、くー」
ふふっ、よく寝ているわ。随分と手慣れたものね。本当に父さんみたい。
「ナームコ、準備はいいか」
〝問題ないのでございます〟
「よし。では中州父さん、何処に移動すれば宜しいですか?」
「だから堅いってば。もっと親近感を込めて」
「そうしたらまた〝お前に娘はやらーん〟ってことになるんですよね」
「悪かった。あれはただの悪ふざけだ。だから、な?」
「……分かりました。じゃあ中州父さん、何処に移動すればいいんだ?」
「…………」
「あの?」
「〝父さん〟って呼んでくれなきゃヤだ!」
「ええー……」
「父さん、いい加減にして」
「分かった! 分かったから火球をしまってくれ! な!」
あ、また無意識に出してしまったみたいですね。そして意識した途端に消えてしまいました。たまにはそのまま投げてしまいたいですね。
「なんか、また物騒なこと考えてないかな」
「うふふ。死にたくなかったらいい加減にして下さい」
「ひぃっ。分かった、分かったから」
何度分かったって言うつもりなのかしら。
「もう、ちょっとしたお茶目なのにー」
「あ?」
「なんでもありませんっ」
「えーと、もういいかな」
「あ、はい! はいはいはい! 行き場所ね、はいはいはいはい。タイムちゃん、座標いいかなー」
〝はい。どうぞ〟
まったく。落ち着きがありませんね。全然反省の色が見えません。
「じゃ、お願いね」
〝了解。移動、開始します。到着しました〟
「…………ええっ?! 今開始しますって言ったんだよね?」
〝はい〟
「で、もう到着したの?」
〝はい〟
「まさか瞬間移動?」
〝いいえ〟
「嘘だぁ」
〝嘘ではありません〟
「だって、全然揺れなかったよ」
〝はい。重力制御装置のお陰です〟
「それで済む問題?!」
〝済む問題です〟
「那夜ー」
「現実です。受け入れて下さい。それにこの性能を知っていたんですよね」
「聞くと実際は違うのが相場じゃないか。でもこれは……確かにそうなんだが、上方修正しなきゃいけないじゃないかっ」
「なら、自分の目で確かめてみたらいいではないですか。外に出れば分かることですよ」
「そ、そうだな。ちょっと出てくる」
落ち着きが無いですね。
「よし、俺たちも出ようか」
モナカの号令でみんな席を立ち、階段を上がっていく。
すっかり船長しているじゃないですか。私の戻る隙間なんて……
(戻るのはうちなのよ)
貴方の隙間も無さそうよ。
(そんなことないのよ!)
ふふっ。そうだといいですね。
次回、身体は嫌がっていない