第184話 自分の席
まさかまたこの船に乗ることになるなんて思わなかったわ。
エターナル・アトモス号だったかしら。私の名前が一文字入っているって言ってたわね。
(貴方じゃないのよ。うちなのよ)
分かっているわよ。細かいわね。
(細かくないのよ)
「フブキ! 元気してたか」
「わふっ!」
モナカさんは相変わらずですね。ふふっ、思わず和んでしまいそうになります。
「わふっ!」
「きゃっ」
いきなりフブキさんに飛びかかられて押し倒されてしまいました。
「や、やめっ……」
顔をベロベロと舐めてくるなんて、絶対しなかった子でしたのに。
「姿形が変わっても、フブキには分かるんだな」
ヒンヤリとして気持ちいい。でも冷め切った私の心よりは温かい……
「フブキ、そのくらいにしてあげるんだ」
「わう……」
「うん、良い子だ。よしよし」
「フブキ……」
「わふっ!」
モナカの側でお座りをしているのに、お尻を上げ下げして凄く落ち着きが無い。
私の顔を見詰めて、でも時々チラッとモナカを見てソワソワしている。
「やっぱりご主人様が居ると嬉しいんだな。なんか振られた気分だ」
「マスターが言うな!」
「モナカが言うな!」
「モナカ君が言わないで!」
「兄様……」
「なんだよ、それ」
「ぷっ、はははははは!」
モナカさんは本気で言っているんでしょうけど、貴方にだけは言われたくないわ。
「那夜さん?」
「っはははは、ううん。はー。モナカさんにその台詞を言う資格はありません」
「ええ?!」
「異論、反論は認めませんからね!」
「うん」
「だね」
「そうですね」
「兄様……お労しや」
「お前ら…………」
ふふっ、なんだろう。ここに居ると心が温かくなってくる気がする。
(和んでんじゃないのよ。貴方にその資格なんて無いのよ)
分かっていますっ!
「ナームコ、鈴はどうするんだ?」
「そのまま兄様が抱っこしていて構わないのでございます」
「アトモス号は動くのか?」
「残存エネルギーとわたくしの魔力で移動くらいなら問題ございません」
「そうか。頼んだぞ」
「頼まれたのでございますっ!」
この2人も相変わらずね。
モナカに続いて階段を降りる。
フブキはあんまり吠える子じゃないのに、いっぱい吠えている。それでも鎖で繋がれているわけでもないのに、一緒に降りてくることはない。モナカさんが躾けたのかしら。
私の姿が見えなくなると、鼻を鳴らして凄く悲しそう。まだ私のことを主人として認めてくれるんですね。嬉しい……
(捨てた癖に嬉しがってるんじゃないのよ)
言われなくても分かっているわよ。私にそんな資格なんて無いことぐらい。
階段を降りきってブリッジに入る。
ここも懐かしい。やっぱり、水槽の中に鈴ちゃんは居ないのですね。
「船長! ご無事でしたか」
「スライム?! あー、もしかしてデイビーか?」
「はい」
本当にスライムになってしまったのですね。
「本当にスライムになっちまったんだな」
ふふっ、同じこと思っている。
「元に戻らないのか?」
「ボクが教えてもらいたいくらいです」
あんな姿なのに、普通に話せるんですね。
「しかし、その姿でよく普通に話せるな」
あ、また。
「ええ。僕も驚いています。早く中央省に戻ってもっと調べたいところです」
自分からモルモットになるおつもりなのですね。
「おいおい。自分からモルモットになろうっていうのか?」
また……
(ただの偶然なのよ)
分かっています。しつこいわよ。
「元に戻るためにも調べてもらわなくてはなりませんから」
「そういうことか。那夜さん、なにか知りませんか?」
「済みません」
「そうですか……ああデイビー、船長は俺じゃなくて那夜さんだから」
「モナカさん?!」
「ナヨ様でございますか?」
「ああ、この人だ」
「ふむ……もしかしてその方は」
「那夜さんだ」
「……了解しました」
「モナカさん、私が船長ってどういうことですか?」
「そのまんまの意味ですよ。さ、自分の席に着いて下さい」
一体なにを考えているの?
でも、あの子の言ったとおりでした。モナカは今でも……
(図々しいのよ)
う、五月蠅いっ。無視して席に着きましょう。
「ふっ」
「な、なにかおかしかったですか?」
「いえ、なんでもありません。さ、みんなも自分の席に着いてくれ。デイビーは床で我慢してくれよ」
「仕方ありませんね。モナカ様にお返しいたします」
〝お返しします〟?
(本当に図々しいのよ。この席はうちの席なのよ。貴方の席じゃないのよ)
あ……そうでした。特に考えも無しにいつも座っていた席に座ってしまったけれど、ここはもう私の席ではありません。
きっとモナカさんが座っていたのでしょう。
(モナカに笑われるのも当たり前なのよ)
そうですね。返す言葉もありません。
次回、立候補