第181話 可能性の有無
太陽が沈んですっかり暗くなっちまったな。月明かりも半月だからあまり明るくない。雲1つないし、遮蔽物なんてアトモス号しか無いから十分な明るさだけど。
しかし冷えるな。確か赤道挟んで逆側だからこっちは冬か。それを考えると暖かいくらい?
鈴、寒くないかな。ああ、鈴じゃなくて鈴……か。
抵抗が無いわけじゃないけど、鈴の身体を取り戻すためだ。今は我慢しないと。
「パパ!」
「ん? なんだい?」
「鈴ね、もう少しでパパの願いが叶うとこりょまで来たんだよ!」
「パパの願い?」
「えー、忘りぇちゃったの?」
「えーと?」
もしかして本当のお父さんと勘違いされている? 鈴ちゃんもそうだったけど、その影響ってことか?
「イーブリン様の……いや、鈴様のお父様の願いは、星の正常化だ」
「星の?」
「うんっ! 思い出した?」
「星の正常化とは、五千年前に交換されてしまった星の半身を元に戻すこと。つまりもう一度交換して元に戻そうということだ」
「戻せるんですか!」
「交換できたのだ。元に戻すことも可能だ。そのために鈴様は千年もの長い時を掛けて準備をしてきたのだ」
「なるほど」
「元に戻ればこの星も正常化される。滅びは回避されるのだ。どうだ。いい話だろ」
確かに悪い話じゃない。
ならどうしてエイルは俺たちに協力を求めず、1人離れていってしまったんだ?
そりゃイーブリンとはレイモンドさんのことがあるけど、生かしておいてやるって言っていた。それが本当なら……許せる?
「モナカさん、騙されないで下さい」
「騙される?」
「那夜ー、人聞きの悪いことを言わないでおくれよ」
「事実です。隠していることがあるでしょ」
「隠したわけじゃない。話してないだけだ」
「同じことです。いいですか。星の交換に当たって千年ババアは地球側の浄化をしています」
「地球?」
「はい。那夜が生まれた元素世界の地球。つまり入れ替わった方の半球のことです」
「浄化っていうのは?」
「それは地球……エイルが生まれた魔素世界の半球に侵食された大地を浄化しているのです。つまり、魔素と毒素の撤去です」
「魔素と毒素の撤去! それって」
「そうです。一さんたちをはじめ、この埋もれてしまった大地を浄化しているのです。そして今居るここが最後の浄化地点。これは話しましたね。モナカさんはそれに協力できるんですか?」
「モナカ君、大勢を救うために少数の犠牲はつきものだ。それに毒素に侵された人たちは手遅れだ。助けることは出来ない。なら浄化して綺麗な身体で死なせてやるのが優しさというものだろう」
「だからパパも協力してほしいの。そうすりぇばパパの長年の願いが叶うんだよ」
「マジャンマカの人たちを皆殺しにすることに協力するおつもりですか」
「那夜さんは協力するんですよね」
「はい。マジャンマカの人たちは私たちと同郷の者。貴方方部外者が手を汚す必要はありません。これは私たちだけですべきなのです」
だからエイルは俺たちを巻き込まないために1人で?
エイルの優しさなんだろうけど、それは寂しいな。
「娘よ、その心配は無いぞ」
「え?」
「そうだな、ナーム叔母さん」
「ナームコ? どういう意味だ」
「いえ、わたくしにはどういう意味か分かりかねるのでございます」
「そうか。捕まっておったかりゃ都市の様子は見ておりゃんかったのか。とにかく、恐りゃくはそういった心配は無かりょう」
「どういう意味ですか!」
「那夜は見て回ってきたんだろう。それでもまだ分からないのか?」
「私が見て回ったのは一部です」
「その一部でも他のところと異質なところは無かったのか? 気づいたことは無かったのか?」
「…………空気が綺麗だとは思いました」
「綺麗とは?」
「混じりっけの無い元素だけの空気でした」
「それだけ分かれば答えは出るだろ」
「つまり、元素しか無いから影響を受けないということですか?」
「そうだ」
「ならどうして魔法陣なんて組んだのですか」
「何事も可能性はゼロではないのだよ」
「つまり、死ぬ人が居るということですね」
「居ない居ない。それは大丈夫」
「可能性はゼロではないのですよね」
「それはそうなんだけどね」
「ならやはり関わるべきではありません。お引き取りを」
「それは困る!」
「? 何故ですか?」
「そんなことをしたら、また鈴様がグズってしまうだろ」
ああ、つまり俺はただここに居てイーブリンの精神安定剤になれってことか。
「はぁ。本当にあれは千年ババアなんですか? そのつもりになっている鈴ちゃんにしか見えません」
「そう言われると、父さんも自信が無くなってくる」
無くなるのかよ。
「だが、正真正銘鈴様で間違いない。それは分かるだろ」
「〝鈴様〟ですか……はぁ」
「パパは居てくりぇないの?」
「え? うーん」
正直その浄化自体を止めさせたい。止めさせたいけど、どうやって止めさせる?
戦ってどうにかなる相手じゃないだろうし、そもそもエイルや鈴ちゃんと戦いたくない。
だからといって協力することも、見て見ぬ振りも出来ない。
なにが正解なのか、それとも正解なんて無いのかも知れない。
「パパ?」
う、その顔で目を潤ませて見つめるのは反則だろ。
次回、知らないわけがない