第174話 ポチリンは必要
「哀れだな、千年ババア」
なにが〝パパ〟よ。モナカはあんたの父さんなんかじゃない。
父さんも、いい加減目を覚ましてほしいわ。
「那夜」
「満を持しての登場! ってのをやりたかったの?」
はっ、睨んだところで怖くなんかないわよ。
そもそも見た目が鈴ちゃんだからね。可愛らしくすらある。
「那夜」
「っは。残念だったわね。モナカから見たら、あんたなんか雑魚以下なのよ」
見た目が鈴ちゃんだから、ちょっとやりにくいわね。でも、止めるつもりは無いわ。
「那夜」
「しかも負けた相手はあんたの僕のそのまた僕のケルベロス。無様ね」
分かり易く落ち込んでいやがる。でも止めない。止められないの。
「那夜っ」
「相手にもされない気分はどう? っはは。悔しい? 惨め? むかつく? 悲しい? 嫉妬? 憤怒?」
っはは。肩を振るわせて怒りを露わにしているわ。図星を指されて相当頭にきているみたいね。
「そんなことを感じている内はモナカの相手なんか出来ないわ」
本当に、そうだと思うわ。
「那夜、いい加減にしないか」
「ま、貴方の気持ちも分からなくもないわ。だって、ここに居るみんな全員そうなんだから」
勿論、私も含めてね。イヤというほど味わってきたもの。
「那夜っ!」
「モナカに、貴方なんか必要ないのよ」
そう、私なんか…………
「そこまでにしないと、那夜でも――」
「鈴は、要りゃない子なの?」
「イーブリン様?」
え? いきなりなに?
「パパ、鈴は要りゃない子なの?」
泣いている?!
パパって、モナカのことよね。
…………え?
「そんなことないぞ」
「パパ!」
モナカ?!
大罪の娘なんて必要ないで……あ、いいえ、違うわ。これは……
「必要に決まっているじゃないか」
「ホント?」
みんなも分かっているみたいね。哀れむような、痛々しい者を見るような目をしている。
アニカさんは耐えられないのね。目を瞑って耳を塞いでいるわ。
だって……
「ああ、必要だ。居なくなったら、パパは悲しいぞ」
「パパ!」
だって、大罪の娘が笑顔になればなるほど、その後必ず訪れる絶望した顔が容易に想像できてしまうから。鈴ちゃんの顔で想像してしまうから。
そんなことになるなんて想像すら出来ない父さんだけが、オロオロしている。
「ポチが居なくなるなんて考えられないよ」
「パ、パパ?」
やっぱり。大罪の娘の顔が引きつっている。
でも、そんなのはまだ序の口よ。
「ポチじゃなくて鈴だよ?」
ほら、笑顔を取り戻そうと無駄な努力を始めたわ。
「ん? ポチはポチだろ。っはは。広い背中だなぁ。モフモフだ!」
「違うのっ! ポチじゃなくて鈴だよっ」
そして必死になる。
「リン?」
「そうだよっ。鈴だよ!」
その結果、在りもしない希望の光を見てしまう。バカね。
「そっかぁ。ポチリンっていうのか」
「パパ?!」
ほら、一瞬で希望が打ち砕かれた。
でも、諦めないんでしょ?
「違うよっ。ポチリンじゃなくて鈴だよっ。そんな犬畜生なんかどうでもいいでしょ!」
あっはははは。言っちゃった。ま、私たちもそこまで酷くないけど、似たようなことは言ったわね。懐かしい。
「なんでそんな自分を卑下することを言うんだ。パパは悲しいぞ」
「パパっ! なんで……鈴を見てくれないの?」
あら、もう心が折れちゃったのかしら。想像より早いわね。
「ちゃんと見ているぞ。むしろポチリンしか見えていないくらいだ。ポチリンは大きいからな。あははははは」
「パパぁ……」
さすがに可哀想になってくるわ。
でも、これは誰もが通る道。みんなが通った道。モナカと関わるなら、絶対に避けては通れない道なのよ。
だから過去の自分を見ているようで、心が痛む。自分がどうだったか思い出してしまう。
「やっぱり、鈴は要らない子なんだ」
「タイム、ブラッシングの櫛を出してくれないか」
「あ……う、うん」
あの状態になっていても、タイムのことは認識できているのね。
私は……どうかしら。確認…………したいけど、怖くて出来ない。
「やだよぅ。鈴を……鈴を捨てないでよ、パパぁ」
「当たり前だ。ポチリンを捨てるわけないだろ」
「パパああああああぁぁぁぁ………う……うう…………うあああああああああああっ」
「イーブリン様っ」
自分でとどめを刺したみたいね。
次回、双子という設定




