表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/193

第172話 私だって

 私に選択肢なんて無い。

 もう、なにもかも手遅れ。私の手は汚れきっている。後戻りなんて出来ない。

 なのに父さんに見放されてしまった。

 私の居場所なんて……もう……何処にも…………


「その娘は儂の手のものではない」

「鈴から出て行けっ!」

「往生際が(わりゅ)いのぉ。こんなにもヒントを与えておったのに、まだ分かりゃぬのか」

「ヒント?」

「確かに儂の名は〝良部 鈴〟と書く。だが読み方が違う」

「読み方?」

良部(よしべ) (すず)ではない。良部(いいべ) (りん)が正しい読み方なのだ」

良部(いいべ)……(りん)?」

「そうだ。イーブリンは海外読みといったとこりょかの。儂は国際指名手配犯だかりゃな」

「そうだったのですか」

「そういえば、名前のことは話してなかったか」

「はっ」

「ここまで言えば分かりゅだろうが、11260いちまんいっせんにひゃくりょくじゅうも、イーブリンの語呂(ごりょ)合わせだ」

「…………嘘だ」

「嘘ではない」

「嘘だ、嘘だ嘘だっ」

「いい加減認めりょ。見苦(みぐりゅ)しいぞ」

「うあ、ああああ、ああああああああああああ」

「マスター!」

「もう限界よ。ナース(タイム)でも支えきれない」

「なんとかするのがナース(タイム)の仕事でしょ!」

「無理なものは無理。ナース(タイム)では……ううん、私たちではもう無理」

「そんな……」


 そんな……折角また会えたのに……

 このままモナカが壊れるのを見ていることしか出来ないの?

 凄くうつろな目で空を見上げて頭を抱えている。


「エイル」


 いきなり私の方を向いてその虚ろな目で私を見つめてきた。とても怖くて、思わず顔を背けて下を向いてしまった。


「エイル」


 モナカがゆっくりと近づいてくる。まるで死人が声を発しているかのような、恐ろしい声が近づいてくる。


「エイル」


 地獄の門番が近づいてくるように感じてしまう。後ろめたさがそう感じさせているのかも知れない。


「エイル」


 合わせる顔がない。

 あのとき、連れてこなければよかった。時子に渡してくればよかった。


「エイル」


 モナカなら受け入れてくれるかも……なんて、甘い夢を見ていたから。

 足音が止まった。視界の隅っこにモナカの足が見えるほど近い。


「エイル」


 無視、させてくれないのね。腹を括るしかないわ。


「……なによ」


 絞り出さなければ声なんか出せなかった。それでも、掠れて弱々しい声しか出てこなかった。

 なにを言われても仕方がない。それだけのことを……私は…………


「抱きついてもいいかな」


 どんな罰でも受け入れて…………ん?


「マスター?!」

「モナカ?!」

「モナカ君?!」

「兄様?! わたくしならいつでも宜しいのでございます!」


 え?

 今……モナカはなんて言ったの?


「ごめんなさい」

「ダメなのか?!」


 なんて悲しげな声をするの。

 心が押しつぶされて今にもブラックホールになりそうじゃない。私の心まで引きずり込まれてしまいそうよ。


「そうじゃなくて、よく聞こえなかったから、もう一度言ってくれないかしら」


 だって、有り得ないことを言われたような気がするんだもの。


「エイル」

「は、はい」


 なにどもっているのよ。みっともない。

 ……ああ、もぅ。


「抱きついてもいいかな」


 し、心臓がヤバいくらい跳ね上がった。

 違う。絶対に違う。勘違いをするなっ。

 お、落ち着いて……お願いだから落ち着いて、私の心臓。あああああああっ。


「えっと……今〝抱きついてもいいかな〟って聞こえたんだけど、聞き間違い……よね。は、ははは」


 なんて都合のいい聞き間違いをしてしまったんだろう。きっと疲れているんだわ。

 それとも、心の奥底に眠っていた願望を掘り起こされた? っはは。なんてキツい罰なのかしら。


「聞き間違いじゃないぞ」

「ふえ?! モ、モナカ?」


 ほ、本当……に? ああ、心臓が、壊れちゃうっ。

 これが罰だというのなら、心臓を壊すための罰だというのなら、なんて残酷で幸せな罰なのかしら。


「エイル、拒否しないで下さい」

ナース(タイム)?! なに言っているの!」

「今マスターの精神は壊れるか壊れないかの瀬戸際なのよ。ここで拒否なんかされたら確実に壊れてしまうわ。みんなだってエイルが〝ごめんなさい〟って言った後のマスターの声を聞いたでしょ。顔を見たでしょ。エイル、マスターのことが好きなら受け入れてほしいの」


 モナカを、受け入れる?


「時子も、みんなも、言いたいことはあるでしょうけど、今だけは飲み込んでちょうだい」


 モナカが、私を必要としている?


「やっぱりダメなのか?」


 嘘……でしょ。


「お願いしますっ。マスターが選んだのは、タイムでも時子でもアニカさんでもナームコさんでも、フブキさんですらない。エイルなのよっ」


 フブキですらない?

 それこそ嘘だわ。モナカが私を選ぶなんて……


「警察に突き出すんじゃなかったのか?」

「父さんは黙ってて!」

「ご、ごめんなさい」


 顔を上げてモナカを見る。

 ダメっ、やっぱり見られないっ。

 一瞬だけ見えたモナカの顔は、今にも泣きそうだった。雨の中、ずぶ濡れになって拾ってくれる人を待っている、凍え死にそうな子犬みたいだった。

 本当に私を? そんな顔をされたら、断れないじゃない。

 ……違う。そんなことを言い訳にして逃げるな。私だって、モナカのことを……

次回、ただの日常風景

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ