第171話 抑えきれない想い
あれは、圧縮ファイル? 暗号化もされているみたいね。
「タイム伯母さん、覗きはよくないよ」
嘘! 今のがバレたの?!
というか、〝タイム伯母さん〟?
「まあよい。タイム伯母さんには復号化は無理だかりゃな」
「そんなことないよっ」
「失敗すりぇば自壊するトリャップ付きだ。そりぇでも試してみりゅか?」
「う……」
「タイム、惑わされるな。あんなのが鈴なわけないだろ」
「それは……その……」
「タイム? まさかあれが本当に鈴だなんて思っていないよな?」
そう思いたい……でも分かるの。分かっちゃうの。あれが鈴ちゃんだって。イーブリンの言ってることが正しいって。
どうして……タイムには分かっちゃうの?
「タイム!」
「虐めちゃダメっ」
「鈴?!」
「メッ」
「う……ごめんなさい」
「っはっはっはっは。本当に面白いなぁ。こんな感覚は何百年振りだりょう」
「鈴!」
「いい加減諦めたりゃどうだ。鈴などという人間は居ない」
「鈴こそ諦めるな! イーブリンなんか追い出して戻ってこい。また一緒に遊ぼう。な?」
「何度言おうと無駄だ。パパ以外、もう諦めておりゅぞ」
「はあ?! タイム?」
諦めたんじゃない。ただ、分かっちゃっただけ。あの子は……鈴ちゃんは…………
「時子?」
「諦めたんじゃないわ。でも……モナカ、分からないの?」
「なにが分かるっていうんだ。あの子は鈴だ! イーブリンなんかじゃないっ。そうだろ? アニカ」
「ごめん。ボクには分からないよ」
「なんで分からないんだよっ」
「う……でも、精霊たちが騒ぐんだ。あの子は敵だ……って」
「敵……だと? 誰だそんなこと言うヤツは!」
「ワシら全員じゃ」
「火鳥! 全員? まさか、アニカはそれを信じているんじゃないだろうな」
「ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「……ごめんなさい」
「なんで謝るんだよっ! ナームコ、あんたはどうなんだ。ずっと鈴の世話をしてきたんだろ? それは嘘だったのか? 最初から俺たちを騙して潜入していたっていうのか? ああっ!」
「違うのでございますっ。スズ様の世話をさせて頂いていたのは、兄様の御子だからでございます。決して騙したりなんかしていないのでございます」
「…………なら、あそこに居るのは鈴だよな。ナームコに一番懐いていたんだから、分かるだろ? イーブリンなんかじゃない。そうだよな」
「それは……わたくしからは申し上げられないのでございます」
「っんでだよ。ただ一言、いつものように〝左様でございます〟って言うだけだろ。なんでそれが言えないんだよっ」
「申し訳ございません」
「謝れなんて言ってないっ! そうだ、エイル! お前はどうなんだ? 鈴はエイルが連れてきたんだぞ」
「えっ、私?! は、その……」
「まさか……お前まで裏切り者なのか?」
「う、裏切り者?!」
「トレイシーさんのところに転生したのは、偶然じゃなくて仕組まれたことだったんじゃないのか」
仕組まれたって……確かにエイルもここに来させられた3人の内の1人だけど、でもそれをしたのはイーブリンじゃない。
「そんなわけないでしょ! 管理者に殺されてここに転生させられたの」
「だから、それを仕組んだのがイーブリンなんだろ」
「管理者だって言っているでしょ! モナカは、私を信じてくれないの?」
「信じたいけど、今は敵……なんだよな」
「敵じゃないわっ」
「なら、一緒にトレイシーさんの元に帰るんだよな」
「そ、それは…………」
「やっぱり敵なんだな」
「私には、やらなきゃならないことがあるから……」
「俺たちや鈴を放り出してまでやらなきゃならないことなのかよっ」
「っ………………そうよ」
エイル……マスターでもダメなの?
「俺の目を見て言えよ」
「う……」
「どうした。顔を逸らしてないで、ちゃんと俺の目を見て言ったらどうだ!」
「モナカ……私……は…………」
「エイルっ! ちゃんと目を見て言えよっ」
『タイム、マズいわ。マスターの精神が正常を保てなくなってしまったわ』
『えっ。なんとかならないの?』
『ずっとやっているけど、もうナースの手に負えなくなってきているわ。このまま無理矢理押さえつけていたら、マスターが廃人になってしまうわ』
『そんなっ』
鈴ちゃんのことがそこまでショックだったなんて……
「言えないんだな」
「…………」
「俺はお前には感謝しているんだ。異世界に飛ばされて右も左も分からない俺を助けてくれたことを」
「…………」
「なぁ答えてくれよ。あれはこのときのためにやったことだったのか? そもそも俺をここに飛ばしたのはイーブリンなのか? それで恩を売るために世話をしていただけだったのか?」
「…………」
「なぁ。どうなんだ?」
「…………」
「どうしてなにも答えてくれないんだ?」
エイルさん……俯いたまま全く動かない。
マスターの声は届いているよね。
どうして否定すらしてくれないの?
『ダメ。もう限界。マスターの心が、壊れてしまうわ』
『どうにかならないの?』
『今の私たちにマスターを支えられる人なんて、居ないわ』
『タイムはマスターのサポーターなんだよ!』
『でも万能ではないわ』
『見ていることしか出来ないの?』
『こればかりはマスター自身に乗り越えてもらわないとダメね』
『せめて鈴ちゃんが元に戻ってくれれば……』
『無理よ。あれが本来の姿なんだから。そうなんでしょ』
〝…………僕に聞くのは反則だよ〟
『否定しないのね』
〝この件に関して僕は否定も肯定も出来ない〟
『はぁ。役に立たない管理者ね』
〝僕は天の声だっ。あいつじゃないっ〟
『でも、時子とタイムみたいな関係でしょ』
〝…………黙秘する〟
『ナース、今はあんなの相手にしてる場合じゃないよっ』
〝あんなのとはなんだ!〟
『それもそうね』
〝呼んでおいてその態度はなんだ!〟
沈黙が続いている。
マスターはエイルを見つめ、エイルは俯いたまま動かない。
誰も動かない。
イーブリン1人がニヤニヤと余裕の表情で傍観している。
次回、エイルエイルエイルエイル……