第168話 甘くて甘美な夢
さて、最後の大仕事よ。
マスターを再起動させる。といっても簡単なんだけどね。
私がマスターにアクセスして承認するだけ。この距離なら高速通信が使えるから問題無し。遮蔽物も無い。
よし………………う。
躊躇うな。この瞬間のためにここに来たんでしょ!
ホッペタを叩いて気合いを入れて……よし。
『マスター、起きて下さい。時間ですよ。ほら、いつまでも寝ていると会社に遅刻しますよ』
って、会社ってなんですかっ。うう、幼妻ごっこなんかしてどうするのよ。
『んん……タイムか。今何時だ?』
あ、マスターがベッドで微睡んでいる。
『ほら、あと10分で家を出ないと電車に間に合いませんよ』
セミダブルのベッドで、枕が2つ並んでいる。言うまでも無く、隣で寝ていたのは、わ・た・し。ふふっ。
『なら、走れば15分は余裕があるな』
『もう、なに言ってるんですか』
『ふっふー、タイムぅ』
『なに甘えた声、っきゃ! 急に抱きつかないで下さい』
『えー、最近ご無沙汰だったし、いいじゃん』
『バカなこと言ってないで。本当に遅刻っやん』
『ほら、ハートが飛んだ』
『もー、だからって、ベッドに引きずり込まないで下、やっ……マ、マスタァ』
『直ぐ終わるって』
『バカッ、直ぐ終わった例なんて、あん。無いじゃないですかっはぅっ。ダ、ダメぇ』
『ダメじゃないだろ。えいっ』
『ああっ! やぁ……』
『本当にタイムは脇が弱いな。えいっえいっ』
『やんっ、あっ……マ、マスタァ……起きなきゃ……んあっ、ダメ……ですよぉ』
『そんな声出しておいて、説得力が無いぞ。服、脱がすからな』
『やぁっ』
マスターが服に手を掛けて脱がそうとしている。
『やじゃない。服の上からじゃ、気持ちよくないだろ』
『そ、そんなこと……』
抵抗したいのに、しなきゃいけないのに、上手く力が入らない……
直接触ってほしいなんて、考えていないはずなのに……
『いいから。俺が触りたいんだよ』
やだっ。そんなこと言われたら……拒めないじゃない。
マスターの手が優しく肌を刺激する。
タイムの記憶でしか知らなかった感触を、私が直接体験できるなんて……
ああっ、もっとぉ……
『っはは。こんなに固くして……期待していたんだろ』
『言わないでっ』
はっ。私、なにを考えていたの?!
違うの。期待していたんじゃなくて、マスターだから逆らえないだけよ。
そうなんだから……
『ほら、うつ伏せになって、力を抜いて』
『だから、本当に、早く、起きな……ぅああああっダメなのぉ』
後ろからそんな……いきなり……強くされたら……
『ダメじゃないだろ。こんな素直に受け入れておいて』
なに言っているのよ。私の身体のことなんか気遣いもせず、思いっきり体重掛けて深くまで押し込んできている癖に。
受け入れているんじゃなくて、逃げられないのよっ。
『動くぞ』
『ダメ、だよぅ、あっ、早、く、うっ、起き、あっ、なきゃ、ふっ、いけ、あっ、ない、んあっ、ん、です、くっ、あっ、やあっ、んっ』
小刻みにリズミカルにマスターが動く度に、気持ちいいところが刺激されて、変な声が出ちゃうっ。逃げようにも、身体を押さえつけられているから逃げられないっ。
『起きる必要なんてないんだよ。このままずっと俺と1つになっていればいいんだよ』
『そん、んあっ、なの、ふっ、ダメ、です、あっ、みん、んっ、なが、あっ、待っ、て、ふっ、ます、うっ、よ、あああっ』
ダメっ、我慢できない。大きな声が出ちゃうっ。抵抗しようにも、力が全然入んないよぉ。
『俺だけ居ればいいだろ』
私はそうだけど、でも、マスターは……
『フブ、キ、うっ、さん、だって、あうっ、待って、あん、ます、あっ、よ、うっ』
『タイムだけ居れば、なにも要らないよ』
………………は?
『お前は誰だっ、ふーっ、ふーっ』
マスターではない何者かを跳ね飛ばし、対峙する。
『痛たた、もー。誰って、モナカだよ。タイムのマスターだ。忘れたのか?』
『違う! お前はマスターじゃないっ』
これ……もしかしてトラップ? ハニートラップってヤツですね!
『なに言ってんだ。ちゃんとタイムの気持ちいいところを知っていただろ。あんなにいい声を出して身をよじらせて悶えていたじゃないか。それに逃げようと思えばこんな簡単に逃げられたのに、逃げなかったのは誰かな』
『う……』
違う違う、惑わされるな。こいつはマスターじゃない。だって……
『マスターが……マスターが…………』
『俺がどうした?』
『っ……………………うっ』
なにを躊躇っているの! 最初から分かっていたことでしょ。こいつがマスターじゃないって証拠を突きつけてやりなさいっ!
『マスターがフブキさんより私を取るなんてことは、永久に、永遠に、未来永劫、天と地がひっくり返ろうが、杞憂が現実になろうが、太陽が東から昇って北に沈もうが、絶望することが無意味なくらい、絶対に、天地神明に誓って、決して、有り得ませんっ』
『…………泣きながら言うことか?』
『なっ、泣いてなんかいませんっ』
『いや、泣いているだろ。大丈夫か?』
『優しくしないで下さい、バカぁ』
『ごめんな。喜ばそうと思ったんだけど、裏目に出ちゃったみたいだ』
『当たり前だ。マスターに化けるなら、ちゃんと化けなさいよぉ。ひぃぃぃぃん』
『そうだな。次はそうする』
『次なんてありませんっ。ずずっ』
『あーほら、鼻かんで。ほら、チーン』
『自分で出来ますっ』
『いいから。ほら』
『むぅ……ブーッ、ブーッ、フーッ、フッ、フッ。んーっ』
『はい、よく出来ました』
『五月蠅いっ。さっさとあっち行け』
『っはは。そうだね。でも、また背中のツボを押してほしくなったらいつでもおいで。待ってるから』
『マスターに押してもらいますからいいですよーだ。べぇーっ』
『恥ずかしい声が出ちゃうからってしてもらうことを我慢して、結果凝り固まるまで放っておいたら不健康だぞ。それに俺だったらいつも脳内再生しているツボ押しの続きもしてやれるぞ』
『なっ……なっ……なっ……いっ、要りませんっっ!』
なんでそんなことまで知っているのよっ。
ま、まあ、それを想像していたのは、私じゃなくて、タイムだけどぉ。
『っはっはっはっは。ああ、最後に1つ』
『結構ですっ!』
『俺、ハニートラップじゃなくてプロテクトだから』
『……は?』
『じゃあな』
『ちょっ、どういうことよっ!』
……消えた? プロテクト? つまり、プロテクトを解除できたってこと……よね。
はぁぁぁぁ。なんて性悪なプロテクトを仕掛けておくのよ。一体誰が? じゃなくて。
『マスター、起きて下さい。マスター!』
(う……なんだ)
『マスター! よし、再起動できたわ。次はタイムを起こして……』
でも、タイムが起きたら……ううん、私は裏方。後は表方に任せなきゃ。
次回、引き継ぎ?