第167話 誰が誰だって?
う……なんだ。ぼんやりとした意識が急にハッキリしてきたぞ。体中がじんわりと痛む。
俺は……そうだ。あの男に捕まったんだった。
その後拷問でなにかされたのか? よく分からない。
時子! 時子は? 逃げられたのか?
「失礼します」
声が聞こえてきた。身体がまだ上手く動かない。それでも声のする方を見えるように出来た。
鈴ちゃんと見知らぬ男?
鈴ちゃんの周辺からは白煙が上がっている。あの男がやったのか?
ん? 鈴ちゃんの横で跪いているのって、ナームコの鉄人形じゃないか?
どういう状況だ。
男が鈴ちゃんに手をかざすと、風が舞い起こった。
鈴ちゃんは濡れているのか? というよりなんで裸なんだよ。水槽からそのまま出てきたってことか? いつもナームコが身体を拭いて服を着せているのに、どうしたんだ?
舞い起こった風で鈴ちゃんに付いていた水滴が吹き飛ばされたみたいだ。
その水滴が落ちた地面から白煙が上がった。白煙の正体はそれか。
あの液体って魔素には猛毒なんだったな。
ああなるのか。……よくシャワー室が無事だったな。
男は空中に手を突っ込むと、自分が着ているのと同じ型の色違いの白いローブを取り出して鈴ちゃんに着せた。空間収納?
ナームコは跪いたまま動かない。
時子も……ん? 目が合った? 不安そうな顔をしているな。時子が起こしてくれたのか?
アニカは鈴ちゃんの方を見ているな。
精霊たちは……特に気にしている様子はないか。強いて言うならアニカを気にしているって感じで平常運転だ。
あ、火鳥だけ俺の方を見ている。俺が起きたことに気づいたかな。
で、俺たちの間に居る、目の前の後ろ姿の……女性? は誰なんだ。
『タイム、起きているか? タイム?』
まだ寝ているのか。となるとまだイヤホンは使えない?
「ご苦労」
『モナカぁ……』
『時子?』
秘匿通信が使える? ならタイムは?
『モナカ! 起きたのね。よかったぁ……』
『助けてくれたんだな』
「滅相もないことです」
『モナカを助けたのはエイルさんだよ』
『エイル?! 見つけたのか!』
「いやいや、〝大罪の娘〟と関わっておりゅのだ。苦労でないはずがなかりょう」
『モナカの目の前に居るローブ姿の人だよ』
『え? …………エイルはこんなに背が高くないだろ』
「っはははは、イーブリン様もお人が悪い」
『見た目も声も変わったけど、エイルさんに間違いないよ』
『そうか、分かっ……なんだって?』
『え?』
「は?!」
〝なんだと!〟
「えっ?」
〝イーブリン〟? 何処かで聞いたことがあったような……何処だっけ。
でも、なんで鈴ちゃんをイーブリンなんて呼んだんだ?
「父さん? なにを言っているのよ。は? 大罪の娘? 鈴ちゃんが? はっ。冗談もいい加減にして」
「那夜、冗談ではない。このお方こそが、我らの主、イーブリン様で在られる」
「バカ言わないで。鈴ちゃんは私が勇者の祠で見つけた迷子なのよ」
! それはエイルがやったことだ。
ということは、本当にこの人がエイル……なのか? それともただの語りか?
「千年ババアなわけないでしょ!」
「っはっはっはっは! 〝千年ババア〟か。確かにそのとおりだな。千年を長りゃえた私に相応しい」
「那夜! 止めなさいと言っただろう」
「よい」
「しかし!」
「よいと言っておりゅ」
「……仰せのままに」
『モナカ、動けないの』
『うーん、感覚は戻ってきたけど、ちょっと無理かな。それに体中がちょっと痛い』
『大丈夫なの?』
『今のところはな。それより、鈴ちゃんがイーブリンって、なんの話だ? 話し方や態度もいつもと違うし。なにがあったんだ?』
『私も分からない。さっきまで……』
『どうした?』
『ううん。大したことじゃないんだけど、私に甘えた声でママって』
『? 普通のことだろ』
『私にそんな甘えた声で話したのは初めてなの』
『はあ?! 嘘だろ』
『こんなことで嘘吐いてどうするの』
『そうだけど……ええー』
にわかには信じられない。時子には甘えた声で話したことが無い?
そうだったかな……確かに最初の頃はそうだったけど、この半年で大分変わったと思うんだが、うーん。
「準備は終わっておりゅな」
準備?
「滞りなく」
「よし。では発動させりゅぞ」
「………………」
「どうした? ああ、娘が居たな」
「……いえ」
「よい。丸薬は飲ませたのでありょう?」
「はい」
「不安か」
「…………はい」
一体なんの話をしているんだ。
でも変だな。タイムが起動していないなら、いつも起動確認のダイアログが出てくるのに、今回は出てこないぞ。
どうなっているんだ。
次回、気持ちいいと声が出ちゃうよね