第165話 跪く相手
今、父さんはなんて言った?
〝ダメだと言っても無理矢理にでも連れて帰りますから〟
「うん。だからいいよ」
〝……え?〟
「と、父さん?」
聞き間違い……よね。
「元々那夜を巻き込むつもりはなかったんだ。だから連れて帰っていいよ」
〝あ……えっと……本当にいいんですか?〟
「なんだ? 今更やっぱり要らないってこと? そういうのは那夜が傷つくから止めてほしいな」
〝言いませんよ、そんなこと。それに、今傷つけてるのは貴方ではありませんか?〟
「えっ嘘?! な……那夜?」
「私……邪魔だった?」
「そんなことないぞ」
「要らない子なの?」
「まさか! 要らないなんてあるわけないだろ」
「じゃあ……なんでそんなこと言うの? 邪魔だから連れて帰って……いいって……そう……いう……うう……うわぁぁぁんっ」
「那夜?!」
〝泣ーかした泣ーかした。いーけないんだいけないんだ〟
「ちょっ、え、ええええ?! と、父さんが悪いのか?」
〝当たり前じゃないですか。見て分からないんですか?〟
「わぁぁぁぁぁんあんあん」
「那夜ぉぉぉ、ごめんよぉぉ。そんなつもりじゃなかったんだ。やっぱりさ、どんな形だろうが娘には幸せになってもらいたいだろ。だから」
「私は……母さんに父さんを会わせてあげたいんだもんっ。父さんはまだ生きてるんだもん。母さんに会わせてあげたいんだもん! また間に合わないのは嫌なのぉ。うわぁぁぁぁぁぁんっ!」
「那夜…………」
父さんのバカッ! そんなの、散々言ってきたじゃないっ。なんで分かってくれないのよぉ。
「那夜。帰れる場所があるなら帰りなさい」
「父さんだって帰るべき場所があるでしょ!」
「父さんが帰れば、母さんに迷惑が掛かるんだ」
「そんなことないっ」
「そんなことあるんだ。父さんは〝大罪の娘〟の協力者だからな。会うだけで迷惑になるんだよ」
「そんなこと……ひっく」
「母さんもそれが分かってるから、送り出してくれたんだ」
「だったら、一目だけでもいいから…………ひぃぃぃん」
「守人どもはそんなに甘くない。特に〝大罪の娘〟に対しては――」
「〝大罪の娘〟か……確かにそうだな」
誰?!
えっ、父さんが声のした方を向いて跪いた?
まさか、大罪の娘が来たっていうの。
ナームコさんと組み合っていたタマもいつの間にか戻ってきていてポチと一緒に伏せて大人しくしている。
やっぱりあいつが来たんだ。一体何処に?
〝娘、なにをしている。待機していろと言っただろう!〟
鈴ちゃん?
あっ、タラップを鈴ちゃんがゆっくりと降りてきている。しかもずぶ濡れで裸のまま。
ポタポタと滴っていた雫が地面に着いた途端、まるで酸が金属を腐食するかのような反応を見せた。そしてタラップを降りきり地面に足が着くと、一層激しく足の裏から勢いよく白煙が上がり、反応音がした。
そうだ。鈴ちゃんが浸かっている水中呼吸溶液は、魔素にとって猛毒だってナームコさんが言っていた。
こうなるのね。……よくうちのシャワーは壊れなかったわね。
あっ、〝うちの〟だって。ああ、本当にバカだわ。
〝娘、聞いているのか!〟
あ、父さんが立ち上がって鈴ちゃんに近づいていく。なにをするつもり?
〝貴様、それ以上近づくな! たとえエイル様のお父様といえど、容赦はしないそ〟
「構わぬ。下がりぇ」
……え?
〝はっ、失礼したのでございます〟
…………え? 後ろに下がって跪いた?!
〝えっ、なに?!〟
その後自分で驚いているの?
一体……今目の前でなにが起こっているっていうの?
次回、そんなこと言わないで