第164話 返して下さい
父さんが待機と言ってから暫く経つけど、いつまで待機していればいいんだろう。
さっき凄い地響きがあったけど、父さんは〝問題ない〟としか言わないし。
いつまで待機していればいいのかしら。
「来るぞ」
そう言って父さんが見上げた。
なにが来るのと言う前に、それは私たちの眼前に突如現れた。なんの前触れも無く、一切の音を立てずに、衝撃波を伴うこと無く、まるでずっとそこに居たかのように佇んでいた。
あれは……遺跡の船だ。ということは、時子たちが来たってこと?! 折角置き去りにしてきたのに、これじゃあ意味が無い。
もしかして父さんは時子たちが来るのを待っていたってこと? どうしてここに来るって分かったの? また大罪の娘に聞いたとでも言うの?
遺跡の船が徐々に高度を下げてきた。着陸するつもりね。
ポチとタマが身構えて唸っている。父さんは遺跡の船を見上げているだけ。
「これを待っていたの?」
「そうだ」
「誰が乗っているか、知っているのよね」
「当たり前だ」
「モナカを取り返しに来たのよ」
「……そうだな。不都合か?」
「当たり前よっ」
「そうか当たり前かっはっはっはっは」
「なにが言いたいの?」
「いや。娘の素直な姿が見られて、父さんは嬉しいぞ」
「は? なにそれ。そんなことより千年ババアはどうしたのよ。あいつが来るんでしょ」
「そうだ。私たちはただお越しになるのをお待ちしていればよい」
「先に時子たちが来ちゃったじゃない」
「あの船相手に逃げ果せるのは不可能だ。諦めなさい」
「半年見つからなかったわ」
「当たり前だ。彼らはまだ船のことをなにも知らないのだから」
「なによ。父さんは知っているとでも?」
「彼らよりはな」
……どうして知っているの? と聞いても答えはどうせ〝大罪の娘に聞いた〟なんでしょ。さすが千年生き延びたババアってところね。
そんな無駄話をしていると、遺跡の船が着陸した。
〝兄様っ!〟
ハッチが開くと同時にナームコさんが鉄人形で飛び出してきた。
「にゃあっ!」
タマが鉄人形に反応して襲いかかっていった。
鉄人形は遅れることなく反応して組み合ったまま動かなくなった。
「ナームコさん、なにやっているんですか」
時子もハッチから出てきた。
「モナカくんっ」
アニカさんも居るのね。
あれは……精霊たち? そう、呼び出せるようになったのね。
〝兄様を返せっ〟
「にゃごーっ!」
あれ? タイムは? バックアップが動いているんじゃなかったの? 姿を見せられるほどの性能は無いってこと? なんにしても、一番厄介な相手が居なくてよかったわ。
「エイルさんっ!」
「……また会ったわね」
会いたくなかったけど。
「迎えに来ました。一緒に帰りましょう」
「私は那夜よ。エイルじゃないわ」
「それでも構いません」
「構いなさいよ。私を連れて帰っても、〝初めまして〟にしかならないわよ」
「そんなことありません。トレイシーさんならちゃんと分かりますよ」
「適当なこと言わないで」
「適当じゃありません」
「その根拠は?」
「………………」
なんでそこで黙るのよ。まさか……
「根拠は!」
「…………ありませんっ」
そんなことを力強く言わないで。
全く、無駄な問答ね。予想はしたけど、まさか本当にそうだなんてガッカリよ。
「そんなことより、ここは今から浄化されるの。巻き込まれたくなかったら帰りなさい」
「浄化?」
「そうよ」
「一体なにをするんですか」
「だから浄化よ」
「なにをどうやって浄化するんですか」
「貴方が――」
「時子ですっ」
はぁぁぁ、全く面倒な子ね。
「時子が知る必要ないわ」
「教えてくれてもいいじゃないですか」
「時子じゃ理解できないわ」
「ぶぅぅぅっ。私が出来なくてもお義姉ちゃんなら出来るもんっ。だから教えて」
「そのタイムは何処に居るの? 姿が見えないようだけど」
〝エイルさん、私はここに居ますよ〟
な、なに?!
船外スピーカー?
「那夜よ」
〝エイルさんです〟
「那夜よっ」
〝エイルさんです〟
「私は那夜よっ!」
〝……貴方はエイルさんです〟
「違うわっ。私はエイルなんかじゃないっ」
〝エイルさんです〟
「違うって言っているでしょっ」
〝違いません。貴方は――〟
「もうその辺にしてもらえるかな。あまり那夜を虐めないでくれ」
〝貴方は……エイルさんの前世のお父さんですね〟
「そうだ。那夜の父さんだ」
〝エイルさんを返して下さい〟
「いいよ」
……え?
次回、人生で跪くことなんて一般人なら無いよなぁ