第161話 ふたりの狂信者
〝まもなく到着します〟
「分かったわ」
ブリッジを出てハッチの前で待っていよう。
「行ってくるね」
「あっ、ボクも行きます」
「ご主人様は待っていて下さい。外に出られないんですから」
「あ……そうですね。ごめんなさい」
「お気になさらず。では」
階段を駆け上ってフブキちゃんの居るところに出る。
そこに大きな袋があった。
これにデイビーさんが入っていたのかしら。
「わふっ」
「よしよし、ここで待っててね。外に出ちゃダメよ」
「わふっ!」
ハッチが開くとあの部屋に出た。
あー、やっぱり建物を貫かなきゃ到着しないわよね。
ごめんなさいっ。
それよりナームコさんは? 何処?
「ナームコさん? 何処ですか。ナームコさん!」
船の前の方からなにか出てきた!
あれは……結界を抜けるときに使うビットとかいうヤツかな。
瓦礫の中に潜り込むと瓦礫を吹き飛ばし、埋もれている物が顕わになった。
なんだろう。球形の鉄の塊?
ビットがそれを取り囲んで持ち上げた。
ということは、あれがナームコさん?
「ナームコさん、大丈夫ですか? ナームコさん!」
返事が無いわ。
「一体なんの騒ぎなのです」
まずいわ。私久さんが戻ってきたみたい。船の中に戻らないと。
ビットがナームコさんを船の中に連れて行き、私も後に続いて中に入った。
「これはなんなのです!」
「あっ、5号君! 何処へ行くのです」
「ふぉっ。散歩はここまでじゃ。中々楽しかったぞ」
バサバサと火鳥さんが船の中へ飛び込んできた。
「火鳥さん! お帰りなさい」
「ふぉっふぉ。どうやら上手くいったようじゃの」
「はい! ありがとうございます。おかげでみんな無事船に戻ることが出来ました。後はモナカとエイルさんだけです」
「ふむ。そうじゃの。ではワシは精霊界に還るとするかの」
「はい。お気を付けて」
「ほっ! またの」
「はい! また」
火鳥さんは羽ばたいて浮かび上がると、消えるように精霊界へ還っていった。
えーと、この鉄の塊の中にナームコさんがいる……んだよね。どうやって開けるの? これ。とりあえず、コンコンと叩いてみようか。
「ナームコさん?」
返事が無い。もう一回。
「ナームコさーん?」
やっぱり返事が無い。
〝時子さん、後は任せて下さい〟
「お義姉ちゃん?」
船内スピーカーからお義姉ちゃんの声が聞こえてきた。
〝私はアトモス号を拠点に動きます。これで携帯がいつもどおり使えますよ。みなさん、イヤホンを復旧させました。翻訳も出来るようになりました〟
「付いてきてくれないの?」
〝通信も復旧してますから、サポートできますよ〟
「そっか」
と話していると、球状だった鉄人形が開いて、ナームコさんが飛び出してきた。
「ナームコさん!」
「兄様は何処でございますか!」
第一声がそれ?!
「兄様? 兄様っ! 何処に居られるのでございますか! シャコ! 兄様は何処でございますか! はっ! ブリッジ? ブリッジでございますね! 今、可憐で美麗で優美で愛おしくも薄幸な可愛いくて美しい兄様の愛する妹が参るのでございますっ!」
「あっ……」
言葉を掛ける暇も無いくらい、駆け足で降りていっちゃった。でも無事だったんだ。よかった。
うわっ! 降りたときより激しい足音を立てて戻ってきた! 気のせいか、揺れるはずのない船が揺れているような感じがする。
「おい……」
「きゃっ」
胸ぐらを捕まれて壁に押しつけられた!
動けない……く、首が……苦……しい。
「兄様はどうした。連れ帰ってきたんだろうな」
「う……エイルさんが……連れて……行きました」
「ほう。そのエイルは何処に居る? 船の中には居ないようだが、これから回収するのか?」
「いえ……その……」
「まさか……逃げられたとでも?」
「う…………」
「必ず助けると言っていたのは誰だったかな」
〝それは私です。ごめんなさい〟
「タイム様?!」
〝罰は私が受けます。だから時子を離してあげて下さい〟
「私だって……言ったもの……当然の……罰……だよ」
〝ううん。言い出したのは私。罰を受けるべきは私です。マスターを助けられなかった私に、価値なんて無いんです〟
首の締め付けが緩んだわ。
これで息がまともに吸える。
「はぁ、はぁ、そんなことないよ。私が力不足だったから……」
〝いえ、私が上手く指示を出せなかったからです〟
「私がお姉ちゃんに頼りっきりだったからだもの」
「エイル様ならきっと兄様を乱暴に扱ったりはしないのでございます。だから、きっとご無事でいらっしゃると存じるのでございます」
〝そうでしょうか。今頃マスターの貞操が奪われているかも知れません〟
「こんなときに冗談言うの止めてよっ」
〝冗談なんかじゃありませんっ。エイルさんがこんな千載一遇のチャンスを見逃す筈ありません〟
「左様でございました! 生命の危機はないと存じますが、貞操の危機は確かに存在するのでございます」
〝はい。間違いありません〟
「2人とも、なに言っているのよ」
〝時子さんこそ、危機感が足りませんよ〟
「トキコ様、危機感が足りないのでございます」
「危機感って……」
モナカの狂信者が2人揃うと、思考が変な方向に飛ぶわね。
次回、一致しない