第16話 魔法使いの服装
目が覚めると、青空が広がっていた。
どうやら死ななかったらしい。
「那夜!」
声のする方に顔を向けると、涙でグシャグシャな不細工顔があった。
かつて父さんと呼ばれていた顔だ。
「よがっだ。いぎで……うおーっ!」
「っふふ。本当に干からびちゃうわよ」
「うおーんおんおん!」
「もう。それで、成功したの?」
「うう……ああ、成功だ」
「そう」
身体に痛みはない。耳は聞こえる。目も見える。手をつねってみたらちゃんと痛みも感じる。
問題は無さそうだ。
「特に変わったように感じないのだけれど」
「そんなことはないぞ。ああそうだ。ほら、鏡を見てみろ」
鏡? 父さんが手鏡を持っているなんて意外ね。
シンプルで飾り気が無いし、適当にあるものを買ったってところかしら。
……ん? まさか……この顔。
「那夜?」
「そうだ。那夜の顔だ」
「どういうこと? はっ、まさか父さんが」
「違うぞ、断じて違うからな。魔法と科学を慣れ親しんだ身体に変化しただけだ。それはつまりエイルの身体ではなく、那夜の身体だっただけだ。那夜の記憶から呼び覚まされた身体なんだよ」
「でも、こうなることを知っていたんじゃないの?」
「う……正直、予想はしてた。でも確信があったわけじゃない」
「予想していたのなら同じことよ。まったく……」
まさかこんな形で前世の姿を取り戻すことになるとはね。
「でも妙に幼くない? 私死んだとき37歳だったはずだけど」
どう見ても10代後半だ。
「ベースとなる身体を無理なく作り変えたからだ」
となると17歳? ……こんな感じだったかしら。
ふーん。ふふっ。なんか若返った気分。17っていうとまだ高専に通っていた頃ね。
でも那夜の身体にエイルの服は小さいわね。エイルはドワーフの先祖返りで身体が小さかったからな。
……足りない分の質量は何処から来たのかしら。まさかスポンジみたいにスカスカなの?!
「父さん、ローブを出して」
「おお! やっと着てくれる気になったのか」
「違うわよ。この身体だとエイルの服は小さいからよ」
「ピチピチの服が流行ってなかったか」
「いつの話よ。もう一部の人しか着てないわ」
という話も私が死んだ頃だから、一昔前のことね。
「んー、何処にしまったかな」
次元収納に手を突っ込み、ガサゴソと探している。
「これか? ああ、これは魔法少女の服か」
ヒラヒラでフリフリでピンク色で、どう考えてもあの格好で町中を歩いていたら目立って目立って仕方がない。
「着ないわよ」
「違うからな! えーと」
どうだか。どうして持っているのかは聞かないであげましょう。
「あった!」
「ありがとう」
ごく普通の地味なローブだ。装飾もなく、古式ゆかしい伝統的なデザインだ。
動きやすいし汚れも気にならない。これでいいのよ、これで。
「じゃ着替えるからあっち向いてて」
「ん? 父さんは気にしないぞ」
「私が気にするの!」
「えーモナカくんの前だと気にもせず裸になる癖に……」
「なにか言ったかしら」
「いえなにも!」
まったく……さっさと着替えましょ。
でもこの身体……本当に生前と変わらないわね。
懐かし……んでる場合じゃないわ。
「本当に元に戻れるんでしょうね」
「その身体はイヤか?」
「こっちを見るな!」
「痛! ものを投げるのは行儀が悪いぞ」
「五月蠅い! イヤじゃないけど……」
「あの丸薬を体外に出せば元に戻れる。ああ、トイレで出てくることははがっ」
「なに言ってるのよっバカ!」
「痛たたた。殴らなくてもいいじゃないか」
「ものは投げなかったんだからいいでしょ」
「投げなければいいという話では……」
「じゃあ消し炭にしましょうか」
「だから火球を気軽に出すな!」
む……なんで無意識だとこんなにも簡単に出せるんだろう。
でも意識した途端にまた消えちゃった。全然使いこなせていないわ。
「ふー、その身体なら元素人とほぼ変わらず行動できる。モナカくんと子を生すことも出来るだろう」
「そんなこと聞いてないわよっ」
「聞いておいて損は無いだろ」
「ふんっ」
死んだ人間とどうやって子を生せっていうのよ。
いいからさっさと扉を開けて行きましょう。
次回、セキュリティ? なにそれ