第156話 一緒にするな!
「[火炎吐息]!」
「「なんです?」」
地面に向かって口を開くと、ドラゴンのように炎を噴いた。口から炎を噴いているのに全然熱くないのは不思議な感覚だ。
でもこれ、凄く周りが見づらい。目の前全部陽炎みたいにユラユラしているんだもの。
炎がスライムに当たると、ゴウッとよく燃えた。うん、これならなんとかなりそうね。携帯を使っているとも思わないでしょう。
口を閉じると炎は蛇の舌のようにチロチロと漏れ出す程度に収まった。
肌が焼けるほど熱い……はずなのに、なんとも感じない。ドラゴンのように鱗でも生えたのかと錯覚してしまう。そんなことない……よね。触ってみたけど、柔らかい肌のままだ。よかった。
うっ……スライムの焼ける臭いが肉の焼ける臭いと同じだわ。酷く鼻に付く嫌な臭い。
「熱いのです! 2号君、なにをするのです」
「え?」
熱い? え? どういうこと? だって、スライムに取り込まれているだけなんじゃ……
『時子さん、今です!』
『あ、うん』「黒犬君、行ける?」
わあ……口を開くと炎がボワッて出てくる。耳打ちとか出来ないわね。
〝わうっ!〟
炎で焼いたところは地面が露出している。この調子でスライムを焼きながら行けば脱出できる?
屋上から飛び降りながら前方に向けて口を開く。ゴウッという燃焼音と共に炎が吐き出され、スライムを焼いていく。
なんで肉の焼ける臭いなのかしら。もっとゼリーっぽい臭いを想像していたのに。
「熱いのです!」
という声と共に、炎周辺のスライムが避けるようにサァッと退いていった。
やっぱりスライムを焼くと私久さんが熱がっている。もしかしてスライムと同化しているの?!
『時子さん、その調子で行きましょう』
『あ……うん』
鼻から息を大きく吸い込み、口を開いて炎と一緒に吐き出した。
今度はスライムが避ける方が早く、焼けることはなかった。でも地面に落ちた炎は燃えさかる道となった。
これならスライムは近寄れない。炎の中を、黒犬君が走り抜ける。
「逃げることは許されないのです」
今度は3号君が襲ってきた! 炎の中をものともせず、燃えながら腸を伸ばしてきた。3号君の本体って天井にぶら下がっているのかな。
黒犬君が避けたり噛み付きながら走り抜けていく。一体3号君の腸はどれだけ長いのよ。絶対100メートル以上あるでしょ!
「反逆行為は許されないのです」
うわっ、スライムが集まってきて壁になっている! 飛び越えるのは3号君の的になるし、迂回しても回り込まれそう。
なら大きく息を吸って、壁に向かって一気に吐き出すっ! 顔を振りながら火炎吐息を広域に撒き散らす。
今度はスライムが避けずに炎を受け止めた! スライムは勢いよく燃え上がって……え?! あっという間に炎が消えたわ。
『燃えたのは薄皮一枚だけのようですね』
『表面だけってこと?』
『恐らくミルフィーユのような層になっていて、燃えたら切り離しているのでしょう』
『それじゃあ』
『火炎吐息で燃やし尽くすのは困難ですね』
行く手を阻まれ、上からは3号君が襲いかかってくる。
もっと上位の魔法なら……
でもそれじゃあ私久さんを巻き込んじゃうし。
『いつまで倒すべき敵に気を遣ってるんですかっ!』
『だって、人なんだよ』
『スライムと同化してる化け物が人なわけないでしょ!』
『ケンタウロスみたいなものでしょ』
『全っ然違いますっ』
『じゃあ人魚?』
『人魚に謝れぇぇぇぇぇっ!』
『ええっ?! ご、ごめんなさい?』
『よろしい』
なんなのよもう。
『でも弟さんは人間でしょ』
『あんな顔の人間が居てたまりますか』
『それはさすがに酷いんじゃないかな』
言いたい気持ちは分かるけど、思っていても口に出して言うことじゃないよ。
『とにかく! そんな火炎吐息でチマチマやってても埒が開きません。火嵐とか、雷雨とか、広域魔法で一気に殲滅しましょう』
『でも、魔力消費量が大きいんじゃなかったっけ?』
『髪が1ミリ短くなるくらい大した問題じゃないでしょ!』
『前に言ってたことと違う!』
『それを言ったのはタイムです。私ではありません』
『屁理屈!』
『違いますっ。もー、無駄口叩いているからすっかり囲まれてしまったじゃないですか』
マズいわ。前にばかり気を取られていたら、後ろにもスライムの壁が出来ているじゃない。上は3号君が待ち構えているし。八方塞がりね。
次回、炎だけじゃない