第152話 思考停止
うえっ、ペッ。
……え……なに?
顔になにか生暖かくて柔らかくてヌルッとした塊が……
しかもグニッとした食感と、鉄の味が口の中に広がっ………………ひっ。
「いやあああああああああああっ!」
『時子さん?!』
胃の中の物が駆け上ってきて、躊躇うことなくゴールラインを割って出て行った。
「ぐ、おお、うえぇぇっ。はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
〝ママ!〟
「ひぃっ、取って! 取ってぇぇぇぇぇっ!」
〝ママ、落ち着いて下さい。今取りますかりゃ〟
「やぁだぁぁぁ、いやっ、や、やだよぉぉぉ」
携帯携帯……
『あっ。時子、ダメぇ!』
「[渦潮]!」
これで洗い流してしまえば!
『バカぁ……』
私を中心にして辺りに水が噴き出し、周りの物を水没させた。手で水を掬うと、顔を洗い、口をすすぎ、顔を洗い、口をすすぎ、顔を………………
やがて水面はグルグルと渦を作り出し、ありとあらゆる物を巻き込んで押し流し始めた。
目の前の赤黒い物も、鉄人形も、飛び散っていた肉片も、瓦礫も、なにもかも。
押し流されて水が引いた後には、なにも残っていなかった。
「はぁ、はぁ、うっ……はぁ、はぁ……」
「くかかかかか。貴方……魔法使いなのです?」
こ、この声は……はぁ、私久さん? 何処から……はぁ、はぁ。
「くかかかかっ。違うのです」
上から?!
「すんすん……ふむ? すんすんすん」
天井から長い紐のような物が垂れていて、それに絡まってぶら下がっている。
「この匂いの源は……」
ひっ!
あれ……もしかして、腸?!
「貴方が手に持っている端末が発動体なのです?」
『マズいわ時子さん! 携帯がバレました』
「え? 携帯……あっ」
しまった。思わず携帯アプリ使っちゃったから見つかったんだ。
『携帯を止められてしまったら、復旧できるのはエイルさんだけです。なんとしてもエイルさんの元に辿り着いて下さい』
「なんとかならないの?」
『タイムが防げなかった物を、私が防げるわけないじゃないですか。所詮私は劣化コピーなのですから』
「そんなことない。お義姉ちゃんはちゃんとお姉ちゃんだよ」
『ふふっ。バカ言ってないで早く逃げましょう。黒犬君さん、お願い……ああ、私の声は聞こえないんでしたね』
「だったら精霊界に――」
『今行ったら戻ってきたとき、全てが終わっていますよ』
「ならどうすれば!」
「くかかかか。実験体1号君とやらとは違う能力なのです? 試してみるのです」
『早く黒犬君さんで逃げて下さい!』
「分かったわ。鈴、黒犬君に……あれ? 鈴?」
『さっき貴方が綺麗さっぱり流したじゃないですかっ!』
「嘘?!」
『鉄人形なんて残骸すら何処にも見えないじゃないですか』
そんな……だって鈴は登録しているから魔法の対象外のはずじゃ……
鉄人形に入っていたから?
『今ここに残ってるのは、時子さんが乗っている黒犬君さんだけです』
『鈴? 鈴!』
『無理ですよ。通信圏外まで流されていますから。そもそも鈴ちゃんはイヤホンをしていません』
そうだった。ナームコさんも側に居ない。私……なんてことを。
『悔やむ前に行動して下さい!』
「[停止]」
『逃げ………………』
次回、公式パッチをお待ちください